《MUMEI》

「馬鹿だね。馬鹿犬だ。」
アラタは噛み締めるように言う。刃に力を加えれば樹の手首には赤い線が引かれるだろう。

しかしアラタはそんなことはしない。
無意味だからだ。


何度も高柳樹を傷つけたくなる衝動に駈られては自らの体に傷を受けていく。




「……若菜ははぐらかしました。」
樹が沈黙に耐え兼ね話す。なんだか、手首だけではアラタが生きているのか不安だからだ。


「そう。何か言ってた?」


「いいえ。」


「悪寒が走る言葉をお前に言っていた?」
樹には意味がわからなかった。


「例えば、同情を誘うような、口に出しては腐りだす形の無い甘い言葉。」


「若菜を侮辱するようなことは止めてください。」
カッターの刃が、垂直に立つ。



    「どうぞ」
樹は受け入れる。

ゆっくり刃がめり込んで行く。

「そんな力じゃ薄皮も切れない。」
手加減をしているのではともどかしく思った。




「死にたくないくせに」
吐き捨てるようにアラタが言った。



「斎藤アラタに傷つけられるならいい。それに、貴方はこんな俺を殺したりしない。」


「分かった風な口を。
傷付けられたいなんて、狂ってる。」




狂っていた、何もかも。

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