《MUMEI》

死を間近にヒトに対し恐れを成すな、と
目の前の人物は随分と勝手な物言いをする
突然のソレに子供の様に嫌々をしてみせながら
逃げの体制をとり、田上は後退りを始めた
その都度、すをする音ばかりが静かに響く
「無駄な事は、しない方がいい」
しても仕方のない事なのだから、と諭すかの様な穏やかな声
だが田上は何度も首を横へと振ってみせる
「……元に、戻せよ」
「何を?」
「全部!お前ら何か居なかった元のこの街に戻せって言ってんだよ!」
怒りにまかせ、言の葉をぶちまければ
だがラヴィはゆるり首を横へと振ってみせる
「この街はなにも変わっては居ない。唯、裏側の姿が顕になっただけだ」
酷く冷静な声で呟きながら一歩、田上へと近づく
一歩ラヴィが近づけば田上が一歩下がり
ヒトというのはなぜこういう時後ろにしか下がれないのだろう、と
塀に退路を遮られてしまい、そんな事を考える
「……悪い顔をするね」
無意識にラヴィを睨みつけていたのか
それまで穏やかな笑みを浮かべていたラヴィの表情が僅かに険しいソレへと変わる
田上へと手を伸ばし、徐に顎を取ると
そのまま有無を言わさぬ程の力で引き寄せ、そのまま唇を重ねられた
否、これは口付けなどではない
まるで内側からその肉が喰われてしまいそうだと感じる程の恐怖
ソレが、田上の中にゆっくりと浸透していく
恐い、怖い、コワイ
自身の内に満ちて行くその感情は目の前を赤く染め
いっそこの男に従順になってしまった方が楽になれるのでは、と
薄れ行く意識の中、そんな事を考え始める
従順たれ
何かが頭の中でそう呟く声が聞こえ
見開いた眼から、一筋涙が頬を伝った
「……ラヴィ。その辺にしといてやれよ。それ以上やるとそいつ死ぬぞ」
あと少しで意識を手離すところまで追い詰められ
ソコでソレを止める様に第三者の声が聞こえてくる
ラヴィはそちらへと向いて直り
「何故止めるのかな?ジャック・ピーター」
相手を、睨みつける
相手・ジャックは苦い笑いを浮かべて見せながら
「物持ちの悪さがお前の欠点だな。たまには飽きるまで遊んでみろ」
「一つのモノに執着するのは、好きじゃない」
「すげぇ我儘宣言。とにかく、だ」
途中、言葉を区切るとジャック・ピーターはラヴィへと指を突き付け
「壊れるまで、捨てるなよ」
それだけを忠告し、ジャック・ピーターはその姿を消した
暫く其処に立ち尽くしていたラヴィだったが
すぐ田上の方へと向いて直り、その身体をだいてみる
「……餌は所詮餌でしかないというのに」
呟きながら何かを確かめるかの様に強く、そして切に
ラヴィの感情がいま何所にあるのか
ソレを知る術等恐らく、誰一人として持ち得る筈がない
「もう少し、待ってあげようか」
不意に呟き、ラヴィは田上の身体を手放す
無造作に下へと放り出し、嘲笑に弧を描く唇を向ける
「……ほかの奴には喰われない様に。何としてでも、生き伸びるんだ」
言いながらラヴィは田上の傍らへと自身が左眼に付けていたモノクルを徐に外し
音も静かにおくと田上をそのままにその場を後に
田上が自我を取り戻したのは直後
飛び起き、自身の存在を確かめるかの様に両の腕で己が身を抱く
「……何だったんだよ。アレ……」
考えても、到底解る筈もない
悩んでも仕方がない事だろうと、振り払うかのように頭を横へ振った
次の瞬間
「今回のあいつの餌ってのは、お前か?」
背後から聞こえてきた声
つい今し方別れた筈のその声に慌てて向き直ってみれば
其処にラヴィと同じ顔の、だが色違いの人物が立っていた
「ラヴィ……?」
そんな筈はない、と恐る恐る呼ぶ事をしながら
身体は自然と逃げの体制を取る
「……自分の形跡を、残すとはな」
何故か憎々しげに呟きながらその人物が見やったのは
ラヴィが残して行った、モノクル
ソレを拾い上げると、相手は躊躇なくそれを地面へと叩きつけていた
「あいつも、馬鹿だよな。さっさと喰っとけばよかったのに」
馬鹿だ馬鹿だと何度も嘲笑を浮かべながら
相手は田上の手首を痛みを伴う程強く掴み上げる
そして態々顔を間近に寄せながら
「……あいつの好物は俺も好物なんだよ。アンタの事、俺が貰ってもいいかな?」

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