《MUMEI》 3到着したソコは、ひどく静かだった 見える景色は見慣れた街のソレである筈なのに 全く見覚えのない景色の様に乾の眼には映る 「……猫はどうしたの?人間」 一人現れた乾へ其処に佇んでいた人影が僅かばかり不機嫌な声で問う 五月雨はどうしたのかと言外で問われ だが乾は答えて貸す事はせず、相手を唯見やる 「……まぁ、いいわ。人間、標糸を、渡して」 前振りもなく、伝えられた用件 渡せと言われても、困ってしまう 自身の指先から垂れる糸を眺め見ながら これは一体何なのか、と今更に考え始める 「猫は、あなたにはないも言わなかったの?」 さも意外そうな声 珍しい程感情が顕になったソレに だが乾は何を答えて返す事もせず、相手を見やるばかりで 「……猫はヒトを導き、標糸はしび猫の処まで皆を誘う。だから――」 途中で言葉は途切れ、そして向けられる憎悪の念 その強い感情に、乾の全身が危険だとざわつき始める だが此処で逃げ出しても何も解決しない、と 乾は前を見据える 「……要らない、筈なのに。何故此処にあるの?」 自身の思うように事が運ばない事がもどかしい、と 明らかに苛立った様子を相手は窺わせる 「あなたが居なくなればいいの。そうすれば誰も、何も、失わない」 向けられるのは、憎悪 それが酷い違和感になり、縫いの全身を覆い始める 「……朽ちれば、いいのよ。標糸なんて」 朽ちて消えてしまえばいい、と その言葉通り、相手は乾を殺そうと明確な意思を顕わに 自身の脚元に影を渦巻かせ始める 何が出てくるのか、と眺めていると 其処から這い出して来たのは、大量のヒトの手 その全てが乾へと伸ばされ、影の中へと乾を誘おうとする 成す術のない乾 やはり一人で来たのは失敗だったと冷静に悔いていると 「己が無力さを、思い知ったか?人間」 背後から、五月雨の声がした 時は丁度夕刻 視界の隅に二つに、分かれた五月雨の尾が見え 乾はそちらへと向いて直った 「何故一人で出向いたりした?」 呆れたように溜息をつきながら、乾の身体を庇うように五月雨はその立ち位置を変える 「……別に、進んで首を突っ込んだ訳じゃない」 「この場に居てそれを言うか、お前は」 また呆れたような声で呟き、五月雨が相手を見据えてやれば 相手は口元だけをニヤリと歪ませて ソレをまるで合図に、その脚元へと影達が渦巻く事を始めた 「……何だ?アレ」 この世のモノではないと、乾は直感で悟る だが、ならばあれは何なのか 嫌な気配をソレに感じ、そちらを見入る 「……皆、イキなさい。標糸は、あそこよ」 その言葉を合図に 全てが乾へと向かってくる 捕らえられてしまう寸前 それらは五月雨の二股の尾に薙ぎ払われる 「……酷い事をするのね。どうしてあなたは此処にある事を否定するの?」 「否定、しとる訳じゃない」 唯、此処に在る全てが、有るで苦しんでいる様に見えた 帰リタイ、眠リタイ 乾は自身の指から垂れる、そのか細い立った一本に群れるさ、様を見 どうすればいいのか、どうしてやらなければならないのか その術がどうしても解らない 「標糸!!」 瞬間、目の前が影に覆われ、意識が途切れ掛ける 嘆き続けるその声に呑みこまれそうになるのを 五月雨怒鳴る声が引き留めた 乾がその声で我に帰るなり、五月雨は何故か尾の細い毛を数本引き抜く ソレを一体何に使うのか 問うより先にソレが乾の指へと絡む事を始める ソレが標糸へと絡んだ、次の瞬間 唐突に辺り一面を淡く鈍い光が覆い始めていた 何が起こったというのか 段々とその光が収まっていけば 標糸が辺り一面に不可思議な紋様を描くかの様に広がり始める 「何、なの。これ……」 突然のソレに 乾が驚く声を上げるより先に別の声が上がる 「引き、摺られる。引き摺られてしまう!」 焦っている様な声にそちらへと向いてみれば 乾は指先から絡んだ何かが解けていく様な感覚を覚えた 「や、めて、標糸!私は、逝きたくない!生きていたいの!」 「……亡者が。今更に何を言うておる」 脆く崩れ落ちて行く自身に怯えながら叫ぶ様に 前へ |次へ |
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