《MUMEI》
揺らぐ心
 ようやく宿の一室に入り、木でできた粗末な椅子に腰掛けたジークは深く息をついた。

 ティアラと黒猫は、宿の従業員から細かい傷の手当てを受けている。

 彼女は鍵の娘だ。

 自分こそ、彼女を殺そうと思っていた、張本人なのだ。

 そう分かっているのに、なぜ、ティアラが無事で良かったなどとほっとしているのだろう。

 なぜ、人だかりに向かってあんなに必死で走ってしまったのだろう。

 鍵であるティアラが生きている限り、扉の俺が平穏な人生を歩むことはできない。

 だからこそ、彼女が――伝説の鍵の化け物が現われた時、だれよりも早く見つけだし、殺そうと決めたのだ。

 鍵があんな普通の少女だったことなど知らずに。

 ティアラは、扉であるが故にずっと人と深い関わりをもたないようにしてきたジークの固いガードをいとも簡単にくぐり抜けた。

 ジークは疲れきったように、顔を手でおおった。

――俺はこれから、どうすればいいのだろう。

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