《MUMEI》 待ち合わせ. ―――午後7時。 約束の時間に、俺は榊原に言われた神社にいた。見回してみたが榊原の姿はまだ見えない。辺りはすっかり闇に包まれている。 昼間はもっと賑わっているのかもしれないが、この時間帯だと人通りはほとんど無く、道を照らす街灯もぽつり…ぽつり…と申し訳程度に設置されているだけだ。その微かな灯りすら気味の悪いものを感じる。 神社の周りに鬱蒼と茂る木々の合間からこぼれ落ちる虫の声が不気味さをより一層際立たせていた。 俺は腕時計を見遣った。約束の時刻を5分程過ぎている。しかし、榊原の姿はどこにもない。 ふざけやがって、アイツ。自分で指定したクセに。 何様だよ、と軽く舌打ちして苛立ちを押さえながら再び周りを見回すも無駄だった。辺りは静まり返っており、人影はひとつも無かった。俺は諦めて暇潰しに目の前の神社を見上げる。 この神社は地元に古くからあるものだが、数年前に所有者がこの土地を離れてからというもの、誰にも手入れをされておらず荒れ放題になっているという代物だ。鳥居は朱色の塗料が無惨に剥がれ落ち、その下を真っ直ぐのびる参道も雑草に覆われている。先にあるはずの拝殿はこの暗闇でははっきり目視出来ない。 すっかり朽ち果てた社をそうやって観察してから、ふと思い付いた。 待ち合わせって、まさか境内だったりして…。 思い返せば榊原は詳しい待ち合わせ場所を口にしなかった。奴の台詞から俺は神社の前だと勝手に思い込んでいたが、もしかしたら境内の中だったのかもしれない。 俺は鳥居に近寄り、もう一度参道の奥を眺めてみたが、やはりここからでは暗すぎて奥の様子を窺うことが出来なかった。 つーか、これってかなりヤバくないか…? この参道の先に『厄介なモノ』がいそうな気配は濃厚で、しかもこういう勘は残念ながら外したことが一度も無い。 目の前に広がる深い暗闇の中で蠢く、その『厄介なモノ』に多少なり士気が下がったが、いつまでもここでぼんやりしている訳にもいかない。 俺はひとつだけため息をついて、気持ちを引き締めると鳥居の下をくぐり抜け、闇に浮かぶ荒れ果てた参道をゆっくり進んだ。 ************ 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |