《MUMEI》

次から次へと最早訳が分からない、と
早々にそれを考える事を放棄し、取り敢えずはこの場から逃げる事を決めた
相手の手を何とか振り払い、走り出す
「無駄ァ」
だが逃げる事は叶わず、目の前に相手の歪んだ笑み
退路を断たれてしまい、これ以上田上にはどうする事も出来ない
「さぁて。どうやって喰ってやろうか?やっぱり最初は手足から千切ってやるべきか?それとも」
言葉の終わりと同時に胸元を鷲掴まれる
「肉を切り裂いて、内臓から喰ってやろうか?」
丁度、心臓の辺り
刃物の様な爪を立てられ痛みを感じる
逃げられない、殺される
そう直感的に察し、それを拒むかの様にせめて目を閉じた
次の瞬間
「止めておきなさい。レヴィ・ダックス」
背後からの声に、その痛みが若干和らぐ
ゆるり眼を開いてみれば其処に、クイン・ローズが立っていた
「……クイン・ローズ。邪魔すんな」
「それがそうもいかないの。貴方に下手を打たれてラヴィの機嫌を損ないでもしたら大変だもの」
「そんなにあいつの機嫌が取りたいのか?」
「ええ。彼はね、私達イーティン・バニーの中で最も残酷な喰い方をするんだから」
「そうならん事をせいぜい祈っとく」
適当な返事をクイン・ローズへを返しながら
レヴィ・ダックスは田上へと一瞥を向け、そして踵を返した
そのまま消える様にその場を後にした様を見
クイン・ローズは深い溜息をついていた
「……どうしてあの子はああなのかしら?」
まるで言う事を聞かない子供に手を焼く母親の様に
クイン・ローズは頬に手を当て溜息を更に吐く
「……ま、いいわ。じゃ、行きましょうか」
「い、行くって、何所に?」
「勿論、ラヴィの処よ」
「けどアイツ、もう少し待つって……」
「もう少し、って事はいずれ喰うってことでしょう?なら早く喰われてしまった方が楽じゃないかしら?」
随分と勝手な物言い
ソレに腹が立たない筈はなく、田上は掴んでくるクイン・ローズの手を振り払う
「……勝手な事、言ってんなよ。誰が大人しく餌になんてなってやるか!」
「……無駄よ。ヒトは全て私達のエサになる。そう決まっているの」
さも当然だといった様子のクイン・ローズへ
田上は首を強く横へと振ってみせながら
「そんな事、誰が決めた?いつ、何処で、誰が!?」
八当たりの様な突発的な感情を剥き出しに田上は怒鳴る
その様をクイン・ローズは覚めた表情で眺め見るばかりで
全てを吐き出すと田上は身を翻し、その場から走り出していた
誰か、誰か、誰か
誰でもいいから自分と同じ、ヒトに出会いたかった
見える景色は、何一つ変わらない見慣れた街並み
近所の商店も、幼い頃よく遊んだ公園も
何一つ変わってなど居ないのに
「……何で、誰も居ぇんだよ!」
ヒトの気配をまるで感じなかった
途中、自宅の前を通り掛かり、田上は反射的に中へ
入るなり目に入ってきたその様に、田上は声を失った
その全てが、真っ赤だったのだ
そして部屋中に漂う血の、生臭いソレに
田上はそれ以上、部屋を見回す事ができない
「……ヒト?」
暫く、呆然とそこに立ち尽くしていると不意に声が聞こえてくる
動揺と恐怖に身体を震わせながらそれでも向いて直れば
幼い少女が、そこに居た
向けられた赤い眼に、その少女がラヴィらと同じである事が知れた
逃げなくては喰われてしまう
その恐怖に、身体が勝手に逃げの体制を取る
「……そっちは、駄目。喰われて、しまう」
玄関から外へと出ようとした田上の腕を少女は掴み
田上の身体を拘束するかの様に、その小さな腕で抱きしめてきた
咄嗟にその腕を払い退ける事が出来ず
息が詰まってしまう程に強くその腕に抱かれる
「……こっち」
そのまま何の抵抗も出来ず仕舞いで引き摺られてしまい
少女は田上を引き連れたまま近くあった建物の陰へ
其処に何の気配もない事を確認すると、漸く田上の身を解放する
「……ここなら、暫くは平気」
腰を抜かしてしまった田上の傍ら
暫くその様を見下し、そしてその横へと静かに腰をおろしていた
「……お前は、俺を食おうとはしないんだな」
意外だと驚いた様な田上へ
相手は小さく頷いて返しながら
「……ヒトの肉は硬くて不味いから、嫌い。野菜ジュースの方が、好き」

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