《MUMEI》
「芽生え」…物事の起こり始め
新たに受け持つことになったクラスの初回授業は残るところあと一クラスになった。
自分が担任をしている学年は当然だが高1も中3の時に教えていたために顔見知りだ。
つまり中3のクラスは全員初対面で、まだ授業をしていないのも中3のクラスである。


今俺はそこへ向かっている。
不安というより、正直中学生が好きではない俺としては逃げ帰りたいというか、穏やかな高校に戻りたいというか…

とりあえずいやな予感しかしなかったのだ。

今年の中3は一応成績は例年より優秀と聞いているので期待はしているが、そういう事ではなく…


ガラガラガラ
中学の扉は滑りが悪いといつも思う。
生徒による扱いが雑なのか、こっちの校舎が古いのか、俺の精神が反映しているのか。

ふたを開けるとやはり、 やはり騒がしい。


「はい静かに。席に着いてくだ、さい。…え、」


俺が目をやった先には、あの日の少女がいた。
でもその時はあの少女だから目を奪われた訳ではなく、落ちたのだ

…机から。



なんで机に座っていたんだ、なんて言う考えはさて置き俺は戸惑いを隠せなかった。
こんなに早く出鼻をくじかれたのは 初めてだ。

「何やってんだ高橋ー」

クラス全体が笑いざわめき、高橋という生徒は照れ笑いをしながら席についた。
一応折れかけた心を持ち直し、声をかけた。

「大丈夫?気をつけてね」

「……はい。」

無愛想だなと思った。
一瞬驚いたような表情をしてこちらを見ていた気がしたが、気のせいだったようで下を向いて筆箱をいじっていた。


俺は改めて教壇に立ち、クラスを見回すことなく黒板に『大谷』と書いた。


軽い自己紹介と一年の授業内容と成績に関して一通り説明し、前に向き直ろうとしたとき
毎年、教師の誰にでも飛び交う質問をされた。



「先生はー彼女いますかぁ?」



こういうのが嫌いなんだ。
幸い彼女なんていないし、作る気もないので答えやすかったが。

高橋は相変わらず下を向いて作業をしていた。

彼女にデッサンの才能があることも、俺が被写体であったことも、この時の俺には知る由もないのだが。

その時窓の外はそれはそれは穏やかで、冬眠が長すぎた春が目を覚ましたようだった。





そう。

きっとこの日から
雑草が生え始めたのだ。

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