《MUMEI》
「初会話」…初めてはなすこと
あれから三回目の授業を終え、今年度の生活にも何となく落ち着いてきた。
桜も突然咲き乱れ今はごうごうと散っている。

空は青く、校舎は桜色に染まり なんとも鮮やかな季節だ。


C組の教室のある五階から一階へ行き、連絡通路で高校校舎に帰る。
何故中学にはエレベーターがないのかと呪いこそすれ、更に自分の身体の重さを痛感する。

一応テニス部の顧問ではあるのだが。

奥の廊下から高い足音が聞こえてきた。
四階へ向かう階段の折り返し地点を通過しようとした時、半階上から声をかけられた。

「大谷先生っ」

顔を上げると例の生徒がいた。
相変わらず名前があやふやだが、この子は机から落ちた生徒だ。

………高橋…そう高橋。

俺は一歩下がって顔が見える位置にずれる。
高橋は落ち着かない様子で手すりに手をかける。

なに、と返す。

「あの、食堂にはってあるテニス部の写真に先生写ってるじゃないですか
その時Tシャツ中に着て半袖なんですけど
あれって夏になったらやってくれるんですか」

「…着ねーよ」

少々パニックになった。
すごい勢いで話す子だなとか思っていて話の内容がおぼろげだったのは言うまでもない。
何だこの初会話は。
その時はとりあえず高橋から逃げたくて、すぐに歩き出した。

「なんでっ着てよっ」

「や、だ、」

「見たいんだもんっあぁあ」


逃げ切った。
何なんだアイツ…。
俺の服装がなんなんだ。


肩のこりをほぐしつつ、高校校舎へ帰った。


次の時間は授業がなく、クラスが落ち着いてきたこともあってのんびりと書類に目を通しながら過ごした。隣の席の先生もいた。国語科の教師だ。俺よりだいぶ背が高くなかなかセンスのある服の着こなしで、確か2、3歳年下だった気がする。


シュルシュルと教師が使う独特な赤ペンの音がした。どうやら何かを採点しているようだ。途中で手を止めてはっきりと溜め息をついた。


どうしたの、と声をかけると顔をこちらに向けずにトントンと紙をたたいた。

「中3の生徒なんですけど、こいつテストの点数はいいのにこういう漢字テストとかは頑張らないんですよね、」


それで点数とられちゃうのはちょっと、と苦笑した

あーそういう奴いるよね、と相槌をうっているとテスト用紙に小さく乱暴な字でC組と書いてあるのに気がついた。


「C?」

「え?ああそうですよ、高橋」

「高橋頭いいの?」

「さぁ、他の教科は知らないですけど。国語は85以上は取りますよ」

去年はね、と付け足した。

彼はそれからすぐに黙々と採点を始め、様子を眺めながら、俺はコーヒーを優雅に味わっていた。

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