《MUMEI》

 「何なんだよ、此処は」
何の目的もなく歩き始めて数時間
その脚はいつの間にかあの竹林に向いていた
未だ焼け焦げた臭いが漂う其処に一体何の用事があるのか、と
付いてき多々良は若干怪訝な顔だ
そんな多々良へ
扇は返してやることはせず、前を見据える
その視線の先にあったのは、焼け落ちる事無く其処に残る社
其処に小さな開き戸がある事に扇は今更に気付き
躊躇も迷いもなくソレを開け放った
「……何、だよ。これ」
瞬間、辺りに漂い始める腐臭、その奥にあったモノは
腐敗した、ヒトの首
苦痛の色もなく、ひどく穏やかな表情でそれは其処にあった
「……千羽。こいつは――」
僅かに動揺している様な多々良の声が聞こえた
次の、瞬間
「……それは、私の首よ」
扇が答えるより先に、別の声が返る
耳にすっかり馴染んでしまった、女の声
向いて直ってやれば其処に、女の姿はあった
だがその姿は様々な千代紙によって彩られ
最早ヒトの身ではない様に千羽には見受けられる
「……私は、私自身を手に入れた。これで、私はヒトに――!」
聞いても居ない事を女は何故か淡々と話し始めて
ヒトならざるモノに堕ちながら、ヒトに近付けたと笑む相手
その様はひどく滑稽で、そして惨めに見える
「……綺麗。彩りがある。ヒトというモノはこんなにも鮮やかだったの?」
漸くヒトになれたのだと歓喜に笑む相手
だだその姿は到底人のソレとは言い難い
「……けれど、足りない」
それまで笑みに歪んでいた表情が途端に消え
相手は扇の方をゆるり見やった
「……あなたは、殺さなければ。あの子は私の元へは帰ってはこない」
「折鶴に、何やらせる気だ?」
「……何を?前に、言ったじゃない」
厭らしい笑みにその唇が弧を描く
瞬間、その姿が視界から消えたかと思えば
扇の背後へと現れ、、伸ばした手で扇の頬を引き寄せた
唇が触れてしまいそうな程間近に顔を寄せながら
「……アレは、供物。折神様へ捧げる、贄なの」
嫌な言葉が、耳を突いた
まるでモノでしかないと言わんばかりのソレに
扇は怒りも顕わに相手を睨みつける
「……あなたは、鶴に好かれる様ね。あの子は、どうやっても私には懐かなかったのに」
「そりゃ、そうだろうな」
「……やはり、貴方は邪魔よ」
感情の籠らないゆるりとした怒り
徐に相手は手の平へと小さな折り鶴を出していせ
「……おいで。折鶴、私の可愛い雛」
愛おしげにその折り鶴を撫でてやれば
瞬間ソレが千々に敗れ、その影に現れる人影
ソレを相手が強くその腕に抱いた
「……有難う、折鶴。呼びかけに、答えてくれて」
其処に居たのは、折鶴
何故折鶴がこんな処に居るのか
ソレを問うてやるより先に、その身体は無残にも引き裂かれる
まるで神を引き裂くかの様にいとも容易く
目の前で起きている事が、目の当たりにしても尚信じられなかった
「……折神様。どうぞお受け取り下さい。私の、鶴を」
引き裂かれた折鶴の身体はその全てが鮮やかな千代紙へと変わる
それを社へと備えると、中の首がゆるり眼を開き
そしてその口元へと歪んだ笑みを浮かべる
「折神様。どうか、どうか私の願いをお聞き届け下さい。私を、ヒトに――」
求めるべき願いを口にした、次の瞬間
その首が突然に血飛沫を上げ、まるで弾けるかの様に木端に散って行った
大量の返り血を扇は浴び、飛び散った肉片は辺りにばら撒かれる
「な、何故……?私の、首が……」
動揺に身体を小刻みに震わせていると
その背後へ、人影がゆらり現れた
朧げなソレは段々とヒトの型を成し
ニヤリと嫌な笑みを浮かべて見せると瞬間消えて女の背後へ
「……その仮初の身体、壊してやろう」
雑音の様な声で呟くと、その手が女の首へと伸びる
未だ動揺に身体を震わせる女
動向が開ききった眼で相手を見上げながら
「何故、ですか?私は、私の願い、私の望みを……」
聞き届けて欲しかっただけなのだと
戦慄く唇がそう訴えたのとほぼ同時だった
音もなく静かに、その首は切り落とされていた
「……鶴など、もう要らない」
色が見へと変わり、彩りを散らすおの様を蔑む様に眺めながら
そして徐に前を見据えると
「……確か、お前の元にはもう一匹、鶴が居たな」
歪んだ笑みを浮かべて見せる相手

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