《MUMEI》

 克深に接触した男は、職の仲介人であった。人材を探して闊歩する彼らも雇われ人であり、有望な人材の依頼先への送り込みに成功すると、売人の元締めから給金が支払われる。
 仕事は十把一絡。
 往来は、定職を持たない職業難民にとって、手っ取り早い職業紹介所である。歩合制の数打ちゃ当たる方式だが、仲介人の眼鏡に適えば、職にありつけることができた。
 求人札は直接、仲介人に渡される。形も方法も様々なため、託された札に気づかなければ、それまでだ。試されているような行為だが、気づいた本人に働く意志があるのなら、幾らでも稼げる。ただし、正式な認可の下りている仕事は滅多になかった。
 仕事先の住所や仕事内容、給料の目安などが、求人札には書かれている。大抵は、そちらに出向いて面接を行い、雇われる。本人に働く意志がないのならば、出向く必要はない。
 職業難民の自由意志によって、界隈は成り立っており、強制力はないのだ。
 克深は折り癖のついた赤い紙片をもう一度見下ろした。
 時折、暗号のような求人札が存在する。解読しなければ、目当ての職場に辿り着くことさえできないのだが、給金は高額の場合が多い。比例して、非合法の度合いも恐らく高い。
 克深は、仕事を常に掛け持ちしている。無理に暗号を解かなくても、当面は困らないだけの職があった。だが、彼女は必要もないのに、黄昏時になると夢遊病の如く、往来へとやって来てしまうのだ。おまけに、すでに赤い紙片の内容は解けてしまっていた。
「わかっちゃったものは、ねぇ」
 鼻から長い溜息をついて、元々折ってあった形に札を戻す。
 求人札にあった指定の時間帯までには、充分に余裕がある。赤い折り紙の札を懐に納めると、彼女は別の職場へと足を向けた。

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