《MUMEI》

 真夜中、闇の中に滑り出る。
 目的地は、廃校である。
 彼女が知る限り、近辺で一番の高台に鎮座しているのが、以前通っていた母校であった。諸々の事情で廃校となり、寂れた校舎には何人も近づこうとしない。
 忘れられた場所を克深は度々、訪れていた。
 警備怠慢で管理されなくなった建物に侵入することは容易い。だが、常に幾許かの緊張と高揚が浮遊する。得体の知れない輩が住み着いたりすることもあるが、気配はなかった。
 冷たい床敷材に硬い足音が響いて、ゆっくりと階段を上っていく。綺羅綺羅星を、鼻歌で唄いながら、克深は踊るように屋上までの最後の階段を駆け上る。
 今、最も空に近いところにいるのは自分なのではないだろうか?
 高台にある学校の屋上は、錯覚する程に、手の届きそうな雲が近く見えるのだ。
「少し、遅刻だ」
 いつも彼女が寄りかかって空を見上げている手すりに、人影があった。
「求人札を?」
 低い声と、少し丸まっているが高い背中。どうやらまだ若い。
「聞いてもいいですか」
 克深は懐から赤い紙片を取り出して、顔の前に持ってくる。
 男は第三の目があるのか、気配でわかるとでもいうように振り向かなかった。
「どうして、林檎を?」
 許可を待たず、問うた。彼女が仲介人から託された求人札は、緻密に折り畳まれた赤い折り紙の林檎だったのである。

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