《MUMEI》

そう言いながらポケットから取って出したのは
好きだと言っていた、野菜ジュースのパック
飲むかとそれが差し出される
それを無言で拒絶すると、相手はつまらなそうな顔
「……美味しいのに」
残念そうに呟くとそれを一気に飲み干し
空になったソレを無造作に放り投げると、静かに前を見据える
言ってんばかりを凝視する少女
一体何が見えるというのか、同じ様に前を見据えると
其処に、ジャック・ピーターの姿があった
「……そこで、何してんだ?リトル・ファー」
田上と一緒に居る事を意外だと言わんばかりの表情を浮かべながら
だがすぐに穏やかな笑みを少女・リトル・ファーへと向けて居た
リトル・ファーはさして表情を変える事も無く
「……野菜ジュース、買いに行くの」
相手の聞きたい返答にはなっていないだろうそれを感情の籠らない声で返す
その通り、自身が問うているのはそう言う事ではない、と言わんばかりのジャック・ピーター
暫く無言での対峙が続き
そしてそれをジャック・ピーターが肩を溜息に落とすそれで先に破った
「……何する気かしらねぇけど、あんまり変な事してるとラヴィの奴に殺されるぞ」
低い、真面目な声色
ジャック・ピーターは冗談ではなく真実を話している事が知れる
殺される
その響きに、田上の背筋をぞくりとした何かが這い上がってきていた
「……大丈夫。殺されそうになったら、その前に私が殺すから」
田上の恐怖を更に追い討つような物言いをするリトル・ファー
言い終わりと同時に
その手の中に、長刃の包丁が握られている
「お、おい。俺は殺すなよ」
刃先を向けてやれば
降参と言わんばかりにジャック・ピーターは両の手を上げて見せた
リトル・ファーはそれを一瞥すると、ゆるり刃物を下へと降ろす
「……しっかし解んねえな。何で人間なんて庇おうとしてんだ?」
「関係ない」
話す事など何もないと言わんばかりにそれ以上の口を閉ざし
顔さえも逸らしてしまった彼女に、ジャック・ピーターは態とらしい溜息をついた
「ま、別にいーけど」
「ラヴィに、言う気?」
ジャック・ピーターを睨みつけてやれば
だがジャック・ピーターは何を答える事もせず、身を翻す
姿が見えなくなるまでその背を睨みつけ
そして見えなくなると、リトル・ファーは小さく溜息をついた
「……行きましょ」
これ以上此処に居ても仕方がない、と田上の手を引き
リトル・ファーは歩く事を始める
何所か行く当てでもあるのかと問うてやれば
首だけを振り向かせ
「……ないわ。でも、ずっと此処に居る訳にはいかないから」
相も変わらず感情の籠っていない声で短く返す
その計画性のなさに、田上が無いも返せずにいると
不意に、歩き始めたばかりだったその脚が止まった
「……あなた、余程美味しそうに見えるのね」
「は?」
徐な言葉
行き成り何を言い出すのか、とリトル・ファーの方へと向いて直れば
唇がいきなり塞がれた
「……っ!?」
「……不味くは、ない。おやつ位には、なりそう」
執拗に長い口付けの後
何とも勝手すぎるその物言いに睨め付けてやれば
「……私の、モノになる?そうすれば、私がラヴィから守ってあげる」
突然、リトル・ファーからの提案
よくよく考えてみれば、田上一人では逃げ切る事など容易で無く
その提案を受け入れるが一番の良策だろうと、受け入れざるを得ない
頷く事で返事を返してやればリトル・ファーは笑みを浮かべ
田上の頬へと手を添え頬を引き寄せるとゆるり口を開く
其処から覗く小さな牙が首筋へとたてられた
微かな痛みを感じ、との流れる感触が其処を伝っていく
「……これで、貴方は私のモノ。貴方の中に流れる血も、貴方を形作っている肉の一欠片でさえ全て」
誰にも渡さない
囁く様な声で呟きながら田上の首筋へと舌を這わせ
リトル・ファーは田上の血を美味そうに舐めとると笑みを浮かべて見せまた歩く事を始めた……

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