《MUMEI》

 だだっ広い敷地の半ばに、円蓋型の屋根を持つ建物があった。
 学校校舎とは違う色の床敷材を歩いていく。先には階段状の部屋があり、段々に座席が並んだ中央に、巨大な天象儀のような機械が設置されている。丸く高い天井であった。
「こっちに来てくれないか」
 室内で目立たないように加工されているらしい隅っこの扉から、男が手招きしていた。
 精密機械だらけである。先程の、円い部屋の天象儀を操作するための部屋なのだろう。
「原稿を読んでくれ」
「採用ですか」
 克深は拡声器のようなものを示されたが、男が渡そうとした端末には手を伸ばさなかった。黙って連れられてはきたが、契約をまだ何も交わしていないのである。
 男が少し、笑ったようだ。なぜかは、わからない。
「いや、悪い。面接は済んだから、採用試験だ」
 どうやら今回の仕事内容は、認可を受けているかは不明だが、性質は悪くないようであった。
 星空映像の語り、それが克深の新しい職であった。
 巨大な天象儀は、かつて夜空で輝いていた星々を、円蓋に投影している。録音ではなく、その日その場所その時間、彼女は原稿を読み上げていた。脇では雇い主の男が、細かい機械を神経質そうに操作している。機械技師は彼、一人きりのようだった。
 一週間の内に数日数回しか上映はされず、来客は数えるほどしか、やって来ない。
 今さら、星空を見上げようという物好きな者は、滅多にいないのだろうか。
『…‥秋の夜空に見られる星を紹介しましょう。秋の星座は全体的に地味なのですが、くじら座、ペガスス座、みなみのうお座が探しやすいでしょう。南東の空に現れるのが、くじら座。胴体部分の真ん中の赤い星、ミラを最初に見つけるとよいでしょう。ペガスス座は秋の四辺形、空駆ける馬の胴体部分です。この辺の西側を下部に真っ直ぐ下ろしてみると、みなみのうお座があります。逆さまになった魚の口部分に見えるのが、フォーマルハウト。偏光性二等級のミラやその他の星が四等級以下なのに比べて、唯一つ、一等級の星なのです。ぽつんと一個だけ輝いて目立ちますが、孤独な星と言えるでしょうか…‥』

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