《MUMEI》

昼八に指定されて、駅の裏の駐輪場で待ち合わせた。ネルシャツとベストにデニムといかにも無難で安定した恰好でやってきて、笑ってしまう。それが不満だったのか、わかりやすく不機嫌になった。


「なんか思うよりお洒落でムカつくな。」

「尾行だからラフな恰好だとすぐバレると思って。」

適当に薦められた服装を着ていただけなのだが、昼八は繊細なところがある。


「あっ、あれ?見てよ!見て!立花が服だけ爽やか系のお洒落ボーイに!」

ちょっと高そうなランクの上の服装だ。服の中で眼鏡だけ浮いている。


「しっ、声でかいよ。」

「やっべ……」

慌てて柱の影に隠れる。

俺達をスルーして、立花に勢いよく通り過ぎてゆく。耳と尻尾が見えた。


「相変わらずメガネ君、早いね。」

歩く度にオーラが出ている……噂の先輩だ。
この時期にサングラスでもまるで違和感がない。


「今、来たばっかりです!それに先輩を待つ時間は楽しくて好きなんで。」

すかさずフォローに入る乙女の立花……こんな生き生きとした顔も出来たのか。

「えー?あんまり俺はメガネ君が攫われたりなんかしたら大変だから一人にさせたくない。」

嘔吐してしまうくらいに歯も浮く甘い台詞……それが嵌まってしまうのが生まれながらに美しい人間の特権だ。


「先輩と四人でデート……セレブみたいだな。皿洗ったりするのか?料理教室のデート……?」

今から阿保の昼八と呼ぼう、まだ勘違いしているようだ。


「朝ご飯食べてないんだ、カフェ行こうよ。」

強引に立花を某チェーン店のカフェへ先輩は連れていってしまう。
この時間はパソコンを開いたり個人の時間を充実させている人が利用している、それを男二人で入る勇気……先輩恐るべし。

「今日は何食べた?」

「卵焼きと、浅漬けと、ご飯と海苔の佃煮に昨日の晩御飯のポトフです。あっ、あと、ヨーグルト!」

「ヨーグルトも?いっぱい食べたね。」

「全部残り物なんで少しだけしかないんです。」

「俺は暇なときはこうしてカフェとかで一人で食べてる、クロワッサン美味しいよね。あとわさびドレッシングのサラダ。
食事で誰かに見られるのはなんか嫌なんだけど、メガネ君に見られるのはなんか楽しいね。」

ふざけて舌なめずりする先輩にこっちが照れてくる。

「ひええ……、エッロ!」

俯いて昼八が肩を震わせている。
立花は完璧だと言っていたが、確かに骨格が同じ人間の構造じゃない。
顔はサングラス越しでよくわからないがとにかく、オーラが違う。

華やかな舞台に立つために選ばれた、と立花が言っていた通りだ。

一方、その立花は憧れの先輩と対面座りでガチガチに緊張していた。相槌を打つのでやっとなのだろう。

「お腹いっぱいじゃないなら安心した。」

不敵な笑みを浮かべている……、何も気付かない立花はイケニエで供物だ。
この特殊な空間にムズムズしてきた、耐えられない。

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