《MUMEI》

 お姫様は、蔦が生い茂った煉瓦造りの洋館で、いまだ天蓋の寝台に眠ったままだろうか。
 今も彼は町外れで天象儀を一人で操っているのか。
 最後の星空映像の語りを、克深は覚えている。
『秋の夜空に見ることができる星を紹介しましょう。…‥ぽつんと一個だけ輝いていて目立ちますが、孤独な星と言えるでしょうか。けれども、フォーマルハウトの周囲には、見えなくても沢山の星が存在しているのです。だから、本当は孤独な星なのではなく、孤高の星なのではないでしょうか』
 黒縁眼鏡の男は決して孤独ではなかった。むしろ、孤独だったのは誰だろうか。
 一度切り、無性に焦がれた恐ろしい紺碧の瞳。 
 けれども、彼女は常に新しい職を渇望している職業難民である。それでいいのだと、思っている。
 求人札の指定の場所へと、克深は、軽やかな足取りで向かい始めた。
 鼻歌を歌いながら。


       終幕

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