《MUMEI》

ソレが華鶴を示唆するモノだとすぐに気付き
扇は明らかに怒の感情をあらわにする
「そんなにあれが大事か?あんな役にも立たない出来そこないの鶴など」
守る程の価値もない、と吐き捨てその姿は消えた
向かった先は恐らく華鶴の居る扇宅
扇はすぐさま身を翻し、帰路を走る
自宅までのそう長くはない道程が、今はひどく長く感じられる
「華鶴!!」
漸く屋敷へと到着してみれば
刀の刃先が華鶴の喉元へと突き付けられいるところだった
草履を脱ぐことも忘れ中へと入り込むと
床の間に据えてある小刀を取り、それで刃を弾いて退ける
「ほう。もう来たか?」
華鶴の身体を抱き込み、相手の視界から隠す様に立ち位置を換えながら
扇は腰を低く据え、身を構える
「せん、ば様……」
「怖かったな。良く耐えた」
頑張ったな、と褒めてやる様に笑みを浮かべてやり、後へと下がる様言って聞かす
小さく頷き、下がってくれたのを確認すると刃を差し向けていた
「……ヒトの分際で一体鶴に何を望む?」
まるでそれが全くの無駄であるかの様な嘲笑
否、ヒトであるからこそ誰しも願う事をするのだ
ヒトはその実弱い生き物でしかない
その命は脆く、いとも容易く朽ち果てる
一人は寂しいものだと、扇はその身をもって実感しているのだ
唯、扇がその事で弱くある事を周りが許さないだけ
「……千羽様」
不安気な華鶴の声
今も昔も変わらない、僅かばかりわびしさを含んだソレに
扇が向けてやるのは常に柔らかな笑みだ
「……ヒトだから、望むんだろうが。ソレのなにが悪い」
その為にヒトは鶴を折る
一羽一羽、その願いを込めながら
例え、それが決して叶えられる事のないモノだと理解していても
「……ヒトは、やはり愚かだ」
嘲笑を浮かべて見せながら、相手はその手の平に折り鶴を握る
無残にも握りつぶされた折り鶴
その指の隙間から、どろりと濃い彩りが滴り落ちて行く
ソレはまるでヒトの血の様だった
「……お前は、何も望む事がねぇのか?」
それは嘗て自身に向けられた問い
ソレを問うて返してやったのは、全てが分からなかったからだ
相手が何を願、そして望み、此処までに至ったのかを
「……望み、か。そんなもの、忘れたな」
唯、全てを鮮やかな千代紙で彩る事が出来ればいい、と
歪んだ笑みを浮かべて見せれば
そのまま腕を伝い落ちて行くその滴りが、何かの形を描き始めていた
どろり、どろり
嫌な水音を立てながら形作られて逝くソレは
不確かな形ながらヒトのソレであることが知れた
何かを訴えるかの様に、扇へと手の様なソレを差し向けてくる
鶴が、望みが……欲しい
嘆く様な声
何の望みもなく逝ってしまった者の末路はこれ程までに憐れなのかと
聞いていて、やはり居た堪れない
「……華鶴。悪いが、一つだけ頼まれてくれるか?」
おもむろな扇の言葉
行き成りなソレに華鶴は驚きながらも、何かを問うて返していた
「……鶴に、してやってくれ。コイツらを」
穏やかな笑みを浮かべながら言ってやれば
だが華鶴は動揺する事を始め、首を横へと振ってしまう
「……私には、出来ません。私の様な出来そこないの鶴には何も……何も!」
どうせ何も変わる事はない、と全てを否定する華鶴
何度も首を横へと降る華鶴の顔を扇は若干強引に引き寄せ
だが優しく触れる様な口付けをしてやる
「……俺の願い、叶えてくれるか?」
卑怯な物言いだと、扇自身思っていた
そう言ってしまえば、華鶴が否を唱える事など出来ないと解っていながら
それでも微笑んで見せれば花鶴は頷いてくれた
「……千羽様の願い、お預かり致します」
深々頭を下げると、華鶴はその場へと膝をつき姿勢を正す
零れた水の様に広がっていく彩りに手を浸し、一枚一枚千代紙として救い出してやる
「……出来そこないの鶴が、何をしている!?」
ソレに気付いた相手が明らかに怒の感情を顕わに華鶴を睨め付ける
殺気をにじませるその視線に
華鶴は瞬間たじろいでしまうが、だが鶴を折る手を止める事はしなかった
「……お前の相手は、俺だろうが」
華鶴へと食って掛かりそうな相手へ
その首筋へと刃を宛がい、それを牽制してやる
「……ヒト風情が――!」
相手の怒気を孕んだそれに

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