《MUMEI》 辺りに夕闇が忍び寄り、砂丘の作りだす影が黒く濃くなっていく。 周囲の変化にも気づかな気に、ベイビーブラッドは母の頭部を抱きしめ、すでに数時間砂上に座りこんでいた。 その脳裏を去来するのは、母の意識が 完全に消え去る寸前の出来事だった。 この世に生まれる間際、ベイビーブラッドは、母の意識を己れの作りだしたイメージの牢獄 へと閉じこめ、その肉体を自分の支配下においた。 しかし消えた訳では無い母の意識は、事あるごとに意識の表面へ浮上してきては、ベイビーブラッドを責め苛むのだった。 ベイビーブラッドは自分を殺そうとしていた母でありながら、心の底ではその 愛情を求めていたのかも知れない。 そして愛する者から厭わられる事ほど、辛い事は無い。 それがあの時、黒い鎧の剣士の、黄金に輝く大剣が肉体を斬り裂いた瞬間、 イメージの牢獄は木っ端微塵に破壊されて、気がつくと闇の中、開放された母とベイビーブラッドは向かい合って佇んでいた。 鬼のようだった母の顔が、別人のごとく優しさに満ちて自分を見つめている。 その目から涙がポトポトと流れ落ちた。 その口が「ごめんね」と動く。 やがて 闇に暖かい光が差すと、母は別れを惜しむように何度も振り返りながら、その光の中へ登って行った。 あれはベイビーブラッドの願望が見せた幻だったのだろうか? 今となってはわからない。 涙がかれ果てると、ベイビーブラッドはきりっと、まなじりを決して 砂上に立ち上がった。 空からは降るように、星の光りが落ちてきて、また『あの言葉』を囁きかけてくる。彼が生まれる前に聞いた言葉を。 ベイビーブラッドは、むっちりした短い脚を動かして、よちよちと歩き始めた。 右手にはサバイバルナイフを握りしめて・・・・。 前へ |次へ |
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