《MUMEI》

先輩のお願いって、ひとつだけじゃなかったのか。
誕生日だから先輩のルールでいいのですが、あらかじめ教えて欲しかったです……。

「眼鏡取って」

テレビのファッションショーで見た化粧品を仕舞う箱をでんと出された。
ふと、俺って先輩の玩具にされていると頭を過ぎるが別のことを考えて凌いだ。

「先輩、お化粧も出来るんですね」

「昔からメイクは手伝わされてたからね」

会話が続かず気まずい、いつもの先輩なら進んで話を振ってくれるのだが、真剣そのものだ。
なんだかぺたぺた冷たいものが肌に擦り込まれていくのは理解出来る、あとは粉っぽくて鼻がむずむずするのを我慢した。
仕上げにウィッグを付けた、鏡が置かれていても眼鏡が無いのでさっぱり分からない。



「コンタクト、してね。お願い」

一番困難なお願いだった。両目の度数をメールで聞かれたのはそのせいだったのか……。

硝子を目玉に合わせるなんて、怖い。
でも先輩はコンタクトをご所望だ、息を止めて左目に指の腹を付けた。


遠近感覚が如実に変化して具合が悪くなった、どうやら左は成功だ。
右目が見える分、恐怖心を植え付けてしまう。

何度も苦戦しながらようやく、入れた。

「出来ました!」

完成したので先輩に駆け寄るも視界がクリアーなあまりふらつく。
先輩が抱き留めてくれてこのまま成仏しそうになる。

「見て、可愛い……」

先輩に後ろから両手を繋がれてまたもや逃げられない。鏡に映る姿は本当に、俺がパッツンボブの女の子に見える。

「なんか変な感じです。」

「……やっぱり、赤みの強い口紅だからかな。すぐ戻るからそこの薬局で買ってくるね。取ったり脱いだら駄目だよ?
目薬もついでに買ってくるからそのままの格好で待ってて。後で二人で外に出たいんだ、お願い。」

早足でお願いされて、相槌を打つ隙も無く先輩は消えて行った。

「口紅の色なんて、全然分からないし一緒に外出なんて聞いてないですよ……。」

玄関口に向かってもう出て行った先輩に呟く。

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