《MUMEI》

暫く口論で衝突し、女性は黒髪を靡かせ去って行く。足なんかはブランドのショーをウォーキングするスーパーモデル並に細くて、ヒールを履くとより美しさが際立っていた。


「やっと行った」

手の甲で口紅の赤を拭う先輩は同じ人間とは思えない妖艶さだ。


「あの……、俺まだ女の子のままですか?」

「うん、ピンクの口紅買ってきたし。塗ったげる」

顎を押さえて、口紅を塗ってくれた。

「やっぱり色はピンクが似合う。またキスしたいなー……、でもこれからデートだった。メガネ君の荷物は俺が持つからお願いね」

俺の荷物を先輩の大きめの鞄に移す。
本当は優奈ちゃんや、あの美女が何者か話を聞きたいのだが「お願い」の一撃でほだされてしまう。

女装で外に出るとか変態だ。先輩はサングラスも外して堂々としたものだ。

雑誌にも載る有名人なのに、人目を気にするそぶりも見せない。

『先輩、色んな人に見られてますよ……』

雑誌で表紙を飾るくらいの先輩だ、色んな学生に写メられていた。間違って俺の顔なんて撮られて悪い噂になってはいけない、下を向きながら手を引かれる。

「もっと指を絡ませたほうが恋人っぽい」

手首を捻って密着された。俺の仮装を楽しんでいるのか。

『意地悪……!』

人に見られて恥ずかしいし、先輩に迷惑かけたくないのに、小声で訴えても微笑むばかりで聞く耳を持たず愉快犯だ。
穴があったら入りたい、段々と涙が溜まって視界が歪む。


「旭君じゃん、可愛い子連れてるね。後輩?あっ妹ちゃん?」

ひいい、なんか先輩の知り合い来ちゃった……。先輩は人気者だから素顔で歩くと大抵は声を掛けられてしまうのだ。

「そう見えますか」

腰に手を回され、先輩の影に隠れる。

「あれ、怯えられた?モデルとかしてる訳ではないの?怖くないよー」

オールバックで先輩に平気で話し掛けるのだから確かにただ者ではない。ふざけて隠れるた俺を先輩越しに、いないいないばあであやしてきた。

「彼女、照れ屋なんです。ね?」

先輩、彼女って言った。さりげなく俺を庇うように後ろに運んでくれる。

「ついでにスナップ撮らせて、今ヤマが居たから呼んで来る。」

オールバックの人が携帯で連絡すると、タクシーに乗って数人が降りて来た。
一人だけ長髪の男性は先輩の載る雑誌で見たことある。

「メガネ君もおいで、一緒に写ろう」

『無理ですっ無理!』

「お願い」

また「お願い」で俺を翻弄する、お菓子をねだる子供みたいでちょっと可愛らしいのは内緒だ。

「兄妹みたいで、かっわいい!私トナリ。」

めちゃくちゃ小さくて細身の良いショートボブの女の子が隣に並ばれた。俺の骨っぽさがばれないか心配だ。
ショートパンツにニット帽に鎖骨が浮き出ていることが確認出来るブラウスに丈の長いカーディガン、可愛らしさと色っぽさがある。

俺は骨格を隠しているせいもあって露出は無いのでどこか野暮ったさが残っていた。

「ガチガチじゃん可愛いな」

緊張を解すためか長髪の男性が背中を摩ってくれる。

「いつもはもっと可愛いよ」

先輩が歯の浮くような台詞で、吹き出しそうになった。可愛いなんて言葉、隣の女の子に比べたら気休めでしかない。
ストリートスナップなんて出てしまい、恥の上塗りじゃないか。先輩と長髪の男性が二人で数枚撮られている間は後悔の海に溺れる。

「可愛い、幸せそうだね。あんな穏やかに笑う旭君は初めて見たよ、いいなあ私なんか一回遊んだだけで口に合わなかったみたい」

遊び……、昼八の言葉が頭を過ぎる。

「何話してたのさ、行こうよー。晩ご飯食べよう」

偽もののおっぱいだとしてもさりげなく下から触られるとセクハラを受けている心境になっていた。

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