《MUMEI》

ショートカットの女の子が先輩を誘う。

「私達も行きたい」

肘を掴む仕種がか弱い彼女の特権を引き立たせた。

「今日はデートだから」

デートだなんてさらっと断れる先輩のスマートさに愛されていると自惚れてしまう。雑誌社の方々の名刺を貰って、また二人で街を歩く。サーカスのピエロのような見世物気分だ。

「ご飯はね、予約しておいたんだよ……時間まだあるからプリクラ撮ろう」

プリクラ……!ゲームセンターなんて家族以外と行かないから新鮮だ。
先輩が歩くとどこに入っても注目されてしまう。
慣れっこなのだろう先輩は、どの角度からもカッコイイ。まさに死角無しだ。
道を開けて行く人の中を闊歩し機械にさっと入ってしまう。

「みんな、メガネ君のこと彼女だと思ったよね」

口を押さえて歩いていたのはにやけた唇を我慢していたからだったのか。
財布は先輩が管理しているので、小銭を入れて操作されてしまう。

「……やっぱり女の子が嬉しいですか?さっきからブラジャーの金具を爪弾いてましたよね?」

女の子じゃないと俺のこと好きになってくれないのだ、プリクラだって普通の格好のとき撮るの誘ってくれなかったし。


「だってメガネ君の反応が、不安がったり緊張して固まったり、俺の後ろに隠れたり本当に……」

ファンデーションが付かないように、腰を密着させて抱き寄せてたり、細やかな気配りが上手だ。

「キスしたい」

俺が先輩の瞳に映っていた、すっと伸びた鼻先は当たりそうなのに、何故か綺麗に避けて唇が重なる。
顔の位置がブレないように肩から固定して、唇の角度を何度も変えられた。

『3・2・1・ハイ可愛く撮れたかな?
次は二人でセクシーに・ 3・2・1・ハイセクシーに撮れたかな?
次は二人で元気良く   3・2・1・ハイ元気良く撮れたかな?
それでは次のシチュエーションを選んでね』

機械の音声が空しく響いた。

「……チュープリ初めてだ、最初のでいいよね?二分割にしよう」

突然キスして撮るなんて、強引だ。

『ラクガキコーナーに移動してね』

「ラクガキコーナーに移動!」

機械の音声を合図に先輩に引きずられて後ろのコーナーに移動した。
スタンプ機能で今日の日付を先輩が打ち込む。俺に何の相談も無しに決めるんだもの酷い、でも先輩の画面に向かう横顔を眺めていたらどうでもよくなってきていた。

「名前書いて、俺の。アサヒって。」

俺のペンに指を掛けて催促してくる。アサヒと片仮名で先輩の横に名前を縦に書いた。無邪気に喜んでいるがはっきりくっきり唇の接合部分が高画質に浮き出ているのだが事務所的にNGじゃないのか?

「……お願いですか?」

「恋人同士っぽいでしょ」

微笑まれると許してしまう、先輩の特技で俺の弱点だ。先輩の唇に付いたピンク色を落としたくて貰ったティッシュを当ててあげる。


「んー…」

ティッシュ越しに発する声で唇が震えて、吐息で湿った。
このティッシュは、持ち帰ろう。

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