《MUMEI》

扇はどうしてか、嘲るような笑みをその口元に浮かべて見せ
何もない手の平を相手へと出して向ける
何の真似かと怪訝な顔をして見せる相手へ
派手に肩を揺らして見せると、扇は何を思ったのか、其処へと刃を入れる
切り裂かれていく皮膚、そして肉
当然流れだす血は、だが水滴として下には垂れず
千代紙として鮮やかに宙を舞った
「千羽、様……?」
「華鶴。悪いが、コレも折ってやってくれるか?」
一体、どうなっているのか
そう言いたいのだろう華鶴へ
だが扇は敢えてその事に触れる事はせず、未だ己が手から溢れる色紙を華鶴へと渡してやる
「……お前、ヒトではないのか?」
流石に驚いているのか、動揺に僅か震えている相手の声
扇は唯、無表情のまま相手を見据えるだけだ
「……そうか。お前、ヒトと鶴の……」
何かに思い至ったのか、相手の眼がスッと細められる
まるで汚らしい何かを見る様な視線を扇へと向けていた
「……成程。出来そこないの鶴が仕えるにはふさわしい主だな。実に愉快だ」
笑う声を上げ始めた相手
華鶴の方をちらり見やりながら、更に声を上げ笑う
一体何の事を言っているのか
解る筈のない華鶴は扇の方を見やった
いつかは話さなければいけないと思っていた
女房に、皆に、そして彼女にも
自分はヒトと鶴の間の子だと
「……だから、千羽様はお身体が……」
身体を病んでしまっていたのも仕方のない事だった
コレは本来混じるべき筈のない血の交わりなのだから
「……騙していたと、蔑んでくれていい。本当に、すまなかった」
「何故、謝られるのですか?どうして……」
涙を頬に伝わせながら、顔を伏せてしまう華鶴
泣かせるつもりなど無いのに
何故、この心優しい鶴は泣いてしまうのだろう
つくづく自分は何を、そして誰を救う事も出来ないのだと
自分自身に嫌気を覚える
「安心しろ。出来損ないの鶴同士、仲良く逝かせてやる」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら
相手は手の平に一枚千代紙を取る
紙であるソレが刃物の様な鋭さを持ったのが直後
ソレが扇へと向けられた
「や、めて……。やめてぇ!!」
明確な殺意を孕んだ切っ先が扇へと振り下ろされる
守りたい、守らなければ
そう思うのに、身体が」震えてしまい動かない
また自分は何も出来ず失ってしまうのか
「……そんなのは、嫌ぁ!!」
華鶴の感情の昂りにまるで呼応するかの様に
華鶴が折った鶴達が微かに動く事を始める
最初は微々たる動きだったそれが段々とはっきり動き出し
扇を守るかの様に、その全てが刃を遮っていた
「……っ!?」
想定していなかったらしいそれに、瞬間出来た隙
ソレを借り、扇は相手の獲物を自身の獲物で弾いて飛ばし
その喉元に、刃を宛がう
「……お前の願いは、何だ?」
一体何を望み求め、此処に居るのか
微かに刃を肉に喰い込ませながら脅す様な声色で問うてやれば
相手はだが動じることなく微かな嘲笑を浮かべて見せる
「……願い、だと?そんなもの、当の昔に忘れた」
前にも言っただろうと、更に嘲った笑みが向けられる
違う、そうではない
何を望む事もせず、誰しも事を起こす事はしない
「……あなたは、自分自身の(願い)が欲しかったのではありませんか?折神様」
華鶴の徐な言葉に
相手は何を言い出すのかと僅かに眼を見開いて
だがすぐに怒の感情も顕わに華鶴を睨め付け
「……知った様な口を聞くな」
吐き捨てる様に呟いた
その顕わになった感情に、それが事実なのだという事が知れる
「……ヒトの欲深さに嫌気がさしただけだ。ヒトなど、消えてなくなればいい」
「違います!ヒトが願う事をするから、私達は此処に居られるんです!貴方だって……!」
「黙れ。お前に、何が分かる?」
「分かりません!でも、私は千羽様の願いを叶えたかった。……奥方様を、お助けしたかった」
鶴が願う事を、望む事をして何が悪いのかと訴える華鶴
相手の激情が、治まった
「……その男の願いを叶えたい、と。ソレがお前の望み、だと……!?」
鶴にとっては当然の事だった
もしかしたら、それを自身の願いだと思い違いをしているだけなのではないか、と

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫