《MUMEI》

見るからに高そうなスーツを着た男が店の奥から現れたので、メガネ君がまた硬直した。

「ユキちゃん、この人は昔お世話になった村井さん。ユキちゃんは俺の恋人で、結婚するんだ」

「いきなり、結婚……?
タイプ違うと思ったら趣向も変えたんだ?カワイイじゃん」

元カリスマメイクアーティストの村井さんには、性別なんてすぐ見破られてしまったか。

「初女の子で初オネエ直視だから、あんまりじろじろ見ないであげて、怖がってる」

「失礼ね……この子、もっとウィッグは柔らかいゆるめのふわふわパーマで軽くしてもいいね」

「うんうんそれ可愛い。ウィッグ即席だったからなあ……」

村井さんはゲイで視野が広い。メイクアーティストとして一躍時の人となったが、いつの間にかこのレストランのオーナーになっていた。

「ごめんね。勝手に恋人とイチャついちゃって、ご飯美味しかった?」

「美味しかったよね?あ、気にしないで話していいよ。」

俺の許可でメガネ君は大きく息を吸い込む。


「ごろごろ入っていたトマトの青臭さが繊細な味付けによって、中和されていて食べやすかったです。あと栗のやつ……美味しくて、……あの、栗のやつ美味しかったです!」

「そっかー、嬉しい」

よほど料理に感動したのか饒舌に褒めちぎるメガネ君効果で、村井さんも顔を綻ばす。


「これ、俺のだから」

抜かりなく村井さんにも牽制をかけておく。

「モノみたいに扱うなんて酷い奴、前よりは人間臭くてマシだけど」

「俺は、先輩のモノになるの嫌じゃない……です」

伏し目がちに潤んだ双眸が俺に熱視線を送る。

「貴方男の子だよね、騙されてるの?」

天使みたいな彼を前にすると皆、俺を悪者にしたがる。俺が無理矢理女の子の格好をさせたと思っているんだろうな……、あっているけど。


「騙してない、俺の誕生日だからお願い聞いてもらってただけ」

「若いうちからマニアックなプレイ……」

呆れ果てる村井さんを初めて見た。
きっと、世界中の人が俺を罵ってもメガネ君だけは俺を賛美していてくれる。


「俺、変ですか?」

ウィッグの毛先をつまみながら村井さんに聞く、俺の返答だけじゃ物足りないのか。

「貴方は可愛いけど、この男が変、貴方と居ると気持ち悪い」

「つい、甘えてしまうだけだし。俺のこと好きで好きで仕方ないんだもんね?」

恋人を前に余計なことを話させるのは止めて欲しい、メガネ君に話題をすり替えると静かに頷いて甘味を口に運んでいた。
照れ隠しの為だろう。

「そっかそっか、本気になれる相手が見つかったのね……またおいでよユキちゃん。男の子同士でもカップル割引してあげるから」

村井さんがメガネ君の頬をつつきながら奥へ去って行く。
俺が今の仕事が少し楽しくなったのは村井さんのおかげだから、一度は挨拶に行きたかったのだ。
ついでに大好きな人を紹介したかった。

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