《MUMEI》

 「千羽様。あそこに」
陽も暮れかける夕の入り
ふらり扇宅から姿を消した折鶴を探しに
扇は華鶴を連れ立ってあの社のへと向かっていた
恐らくは其処に入るだろうと脚を進めて行けば案の定
社前に小さなその背が見えた
小さな鶴を大量に束ね、その社へと供えると
眼を閉じ、両の手を合わせてやる
「……出掛けるなら、行先位言ってから行け」
心配するだろう、と軽く頭を小突いてやりながら
態と、怒った様な口調で言ってやれば
「ごめん、なさい」
反省に顔を伏せてしまった
暫くそのままの表情を作っていた扇
すぐにフッと表情を緩ませ折鶴を抱き上げていた
「何を願ったか、聞いてもいいか?」
本来、願い事など他人に話すものではないと解ってはいた
だが、今はどうしても知りたかったのだ
この小さな鶴が今、何を思いそして願うのかを
「……ひみつ」
「教えてくれないのか?」
「教えない。口に出すと、叶わなくなっちゃうから」
だから秘密なのだと頑なな折鶴
扇の腕から飛ぶように降りると、二人より先に帰路を行き始めた
その後姿は何かをふっ切ったかの様にとても軽やかだ
「……俺らも帰るか」
「そうですね。帰って、夕食の支度をしないと」
互いに笑みを浮かべ合いながら扇達も帰路へ
自宅へと帰り着き、折鶴はまた何処へかに入ってしまい、華鶴はすぐさま台所へ
聞こえてくる支度の音に耳を傾けながら
酷く穏やかだなものだと、扇は肩を揺らす
「いい色になったな」
ふと庭へと眼を向けてやれば、そこには鮮やかな紅葉
散る色葉は、未だ記憶に新しいあの彩りを思い出させる
「せーんば様!」
暫くその景色に見入っていると
突然に目の前に現れる折鶴の顔
だが驚く事をい扇はせず、どうかしたのかを問うてやる
「これ、千羽様に上げる」
そう言って手の平に乗せてきたそれは
以前にも貰った、嘴同士が繋がった折り鶴
だが今回は二羽ではなく
どうやって折ったのか、五羽ほどが連なっていた
「……私と、千羽様と華鶴と。あと、お母さんに、折神様」
その全てが此処に在るのだと、折鶴は満面の笑みを浮かべて見せる
手の平に収まるほどの小さなソレが
扇にとってはひどく大きな存在に思えた
「……有難うな」
大事にするから、と折鶴の頭を撫でてやり、そして抱きしめてやる
もう二度と、誰も、何も失う事がない様に
扇は唯それだけを掌の鶴達に願うばかりだった……

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