《MUMEI》
1
 「……アルベルト、居る?」
天気のいい、とある日の昼下がり
だだっ広い庭の手入れの最中だった庭師、アルベルト・ロザリアは主人にその所在を問われた
草木の影に隠れ、その姿が見えないでいるのか
忙しく辺りを見回すその様に、アルベルトは僅かに肩を揺らし
剪定するために登っていた木の上から主人の前へと飛んで降りていた
「……サル」
「なっ……!?」
呼び付けておいてその言い草はあんまりだろうと
返す言葉に思わず詰まってしまえば
主人は徐に、一通の封筒を差し出してくる
一体、何なのか
モノ言わず、視線のみで問うてやれば
「……招待状、らしいわよ」
「俺にか?」
「宛名は一応アルベルト、あなた宛て」
心当たりはあるか、と問われその封筒を受け取ってみる
だが宛名はなく、その封筒の中には招待状と書かれた紙一枚と
チェスの駒が何故か入っていた
「何それ」
「チェスの駒、だな」
「チェスの駒?何でそんなもの」
「俺が知るか。大体、こいつ、何モンだ?」
「知らない。でも、アナタに来てほしいって書いてある」
御丁寧に地図付きの招待状
興味がない、とそれを破り捨てようとした、その直後
突然に現れた烏がアルベルトの手からソレを奪い摂って行った
まるでそれを破る事は許されていない、と言わんばかりに烏はアルベルトを睨みつけ
その視線に、アルベルトは何故か釈然としないものを感じる
「……行って、みる?」
「はぁ!?お嬢、何の冗談だ!?」
「冗談じゃない。何か、少しだけ気になるから」
行って様子を見てこいとの事
言い回しは柔らかなソレだが
しっかりとした強制
強制という事は結局、主からの命に他ならない
ソレに逆らう事は出来ず、アルベルトはしぶしぶ承諾せざるを得ない
「……危なくなったら、必ず逃げる事。解った?」
「お嬢にしては珍しい命令だな」
「約束、して。アルベルト」
珍しく乞う様な訴え
同時に差し出された左手に、アルベルトは僅かに肩を揺らしその手を取ると
その甲へと口付けを送る
「全ては我が主の御心のままに」
触れるだけのソレを交わすと、アルベルトはそのまま身を翻す
もう出掛けるのかとの主からの問い掛けに
アルベルトは背を向けたまま手だけを上げて見せた
「珍しいな、アルベルト。物臭なお前が態々出向くとは」
表戸を潜る際、同僚であるクラウス・ブルーネルとすれ違い
さも珍しいといった表情を向けられてしまう
其処まで派手に意外そうな顔をされてしまえば余り面白くないと
心中不手腐ってやりながら
ちらりクラウスの方へと視線を向けて返してやる
そして徐に手に持っていたチェスの駒をクラウスへと投げ付けてやった
「これは?」
問う様な表情を向けてくるクラウスへ
アルベルトは態とらしく解らない、と表情を繕い
大袈裟に肩を竦めて見せる
「まぁ、論より証拠。行って確認してくる」
ソレが元より主の命でもあるのだと
漂々と返してやりアルベルトはその場を後に
馬舎へと向かい一頭借りると目的地へと馬を走らせる
「……本当にこっちであってんのか?」
目的地に近づけば近づくほどに
草木は枯れ、まるで砂漠の様な景色が広がっていく
こんな干た土地があったのかと驚きながら辺りを見回せば
其処に一軒、ぽつりと古い屋敷が佇んでいた
「ここか?」
地図を確認し、そこが目的の場所であると確認すると
やたら分厚い扉を拳で殴って音を立ててみる
返答は、ない
呼び付けておいて誰も出迎えなしか、と
八当たりに扉を蹴りつけてしまえば、その戸はあっさりと開いた
戸のすぐ傍には人がいた様で
勢いよく蹴り開けてしまった扉で何所かをぶつけてはいないだろうか、と
アルベルトは相手を見やる
「……女王が、御待ちです。どうぞ、こちらへ」
眼が合ったかと思えば恭しく頭を下げられ、大広間へ
通されればその中央にあるソファには女王の姿
アルベルトの姿を見、柔らかく笑んで見せる
「……よく。来て下さいました、庭師・アルベルト」
ゆるり差し出される手
ソレを掬うように取ると、アルベルトはその甲へと触れるだけの口付けを一つ

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