《MUMEI》

交わしてやり、返す様に口元に笑みを浮かべて見せた
「女王直々の御用命、光栄至極に御座います」
「堅苦しい挨拶などは抜きに致しましょう。お話なら庭でお茶でもしながら」
言いながら女王は傍らの従者へと目配せ
頭を下げ、テラスにあったテーブルに着々と支度が成されていく
並ぶティ―ポットとカップ
白を基調としたその中に、アルベルトはその中に混じる別の彩りを見た
「……アレは?」
普段ならあまり気に掛ける事もない程のソレに
この時だけはどうしてか気に掛り問う事をしていた
白黒の、格子の柄
無意識にソレを凝視してしまっていたのか
ソレに気付いたらしい女王が僅かに肩を揺らす
「そんなに珍しいかしら?」
座ったらどうか、と椅子を勧められ、取り敢えずは腰を降ろすアルベルト
言われてみればそれはごく普通のチェス盤
一体何がそれほどまでに気に掛るというのか
アルベルト自身、それがよく解らない
「……私はね、ホーンの駒が一番好きなの」
「は?」
向かい合った椅子に腰を降ろした女王がその細い指先で駒を突く
「唯ひたすら前に進むしかない歩兵。唯の雑兵でしかない筈なのに」
可笑しいでしょう、と楽しげな笑み
そして女王はその駒をチェス盤に並べ始め
「お手合せ、宜しいかしら?」
「私で、宜しければ」
一国の女王からの申し出を断る事など出来る筈もなく
運ばれてきた茶を片手にゲームに興じる
「Check mate」
先にその声を上げたのはアルベルト
戴いたキングの駒を女王へと見せつけながら満足げな顔だ
「あら、負けてしまったわ。あなた、強いのね」
「女王陛下はホーンの駒で遊び過ぎです。それでは誰とのゲームも勝てはしませんよ」
「そう?でも私、この駒好きなんですもの」
まるで幼子の様に不手腐った様な表情をしてみせる女王女へ
アルベルトは仕方がない、と肩を揺らし、また駒を並べ始める
「では、もう一局、お手合せ願えますか?女王陛下」
「勿論。勝ち逃げは許さなくてよ」
当然、といった様子で笑みを浮かべる女王
ゲームに興じるその指先はまるで踊る様に
お気に入りだというホーンの駒を操っていく
コレは勝ちを求める者の駒運びではない
唯純粋に駒と遊ぶ事を楽しんでいる者のソレだ
それならば、とアルベルトもその駒から逃げる様な手を打ってやる
追っては逃げ、逃げては追う
そんなやり取りを暫く続け、その手は止めないまま
「そろそろ、お話し戴けませんか?女王」
仕事の話を持ち出してやった
突然のソレに、女王は瞬間何の事かと首を傾げたが
すぐ思い至り、駒を持つ手をおくと、窓際へ
「庭師であるあなたにお願いしたい事なんて決まっているでしょう」
閉め切っていたカーテンを開いてみれば
其処に広がるのは庭一面に咲き乱れる様々な花達
ソレは互いに複雑に絡み合い、中には花そのものが傷付いているものすらあった
「……私は、彩りが欲しかったの。けれどこの彩りはとても醜くて」
「これを、私に剪定しろと?」
「ええ。お願い出来るかしら?」
「元よりそういう御用命だった筈。このアルベルト、喜んでお受けいたします」
「ありがとう」
見るモノ全てを魅了してしまいそうな程綺麗な微笑
ソレをアルベルトへと向けながら、何かを望む様に伸ばされる手
両の手に頬を覆われ、引き寄せられる
「何か?」
「お仕事の後でもう一度、お相手して下さる?」
花の香がする唇が間近
甘く、色香漂う筈なのだが、その無邪気な笑みに子供らしささえも感じられ
不思議な女だと内心困惑するアルベルトだ
「それでは、また後程」
深々頭を下げ、取り敢えずアルベルトはその場を後に
庭へと出、植物たちの様子を近く見やり
その散々な有り様に、アルベルトは溜息を吐く
痛イ、苦シイ
花々の声が雑音の様なソレで頭に響いてくる
「……っ!」
その訴えは痛々しい程で
感情はそのまま痛みとしてアルベルトの身体を苛んだ
「……大丈夫だ。今、何とかしてやる」
全身に感じる痛みに耐えながら剪定鋏を持ち
一本一本花達を気遣いながら切っていく
「少しは、楽になったか?」
互い同士を傷つけていた部分のみを切り落としてやれば
途端に花達が綻んだように見えた
アルベルトも釣られるように笑みを浮かべ、剪定を続けていく

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