《MUMEI》

「……?」
作業も随分と進んだ頃
アルベルトは蔽い茂る草花の影に、何かが隠れている事に気が付いた
其処に見えるのは黒と白の巨大な何か
一体これは何なのか
気に掛ったアルベルトは剪定に動かしていた手を一旦止め
近くあった木へと飛んで登った
「……!?」
高い其処に登った事で広がった視界
眼下に広がったソレは
庭全体が巨大なチェス盤の様になっている様だった
一体、これは何なのか
木から下り、改めて間近でソレを見ようと茂みを掻き分け更に奥へ
入って行けば、漂う花の香に混じり、何かが腐敗した様な嫌な臭いがし始める
その元を辿って行けば
「……!?」
其処に、大量の人間の死体が転がっていた
その全てが両の手足を斬りおとされ、そして心臓を抉り取られた無残な有り様で
何事があったのかとアルベルトは辺りを見回す
逃ゲテ、殺サレテシマウ
草花達の声が聞こえてきたのが直後
その声に振り返ってみれば
アルベルトの目の前に、一匹の獣が姿を現した
「な――っ!?」
目の前に立ちふさがったその獣は
二つの異なる頭を一つの身体に共有する獣・ケルベロス
一つ、咆哮を上げたかと思えば、アルベルトへと距離を詰め迫り寄る
危なくなったら逃げる事
主の言葉が、瞬間脳裏に過る
「……逃げろ、か。本当に逃げたりしたら散々嫌味言うつもりだろうが」
その性格を熟知しているアルベルト
苦笑を浮かべながらも、目の前の獣と対峙する
迫りくるそれを何とか躱し、剪定鋏を素早く逆手に持ちかえる事をすれば
その首に刃を突き立ててやった
飛び散る血飛沫
赤黒いソレが雨の様に降り、アルベルトを汚していく
「調子は、いかが?」
辺り一面がその地で汚れきった丁度その時
優雅にドレスの裾をなびかせながら女王が其処に現れる
全身血で汚れたアルベルトを見、さして驚く事もせず、女王は笑みを浮かべて見せた
「ケルベロスを殺す事が出来たのは、あなたが初めてよ」
「……陛下」
「この子は、私のホーン。駒を一つ取られてしまったわね」
「は?」
さも残念そうな女王
つい聞き返す事をしてしまえば、女王はケルベロスの前へと膝を折り
その獣をまるで愛おしいモノを抱く様にその腕の中へ
「……次は、私の番ね」
だがそのもの悲し気な表情も瞬間に消え
綺麗に紅の塗られた唇が歪な笑みに弧を描いた
唐突に変わった雰囲気に、アルベルトは反射的に身を構える
「……あなたは、今までの庭師達とは、少し違う様ね」
「いえ。何の変哲もない、唯の庭師ですよ。私は」
謙遜するように言ってやれば
女王は笑みを薄く浮かべながらその身を翻す
「楽しくなってきたけれど、今日は此処までにしましょう。今、あなたのお部屋に案内させるわ」
言い終わると同時
背後からゆるりとした足音が聞こえてくる
身の構えを解く事はせず、アルベルトは向いて直れば
花の蔓を全身に絡ませた人物が現れた
「……彼は?」
その異様な容姿につい問う事をしてしまえば
答えが返るよりも先に、その蔓がアルベルトを捕らえに掛る
「――っ!?」
行き成りのソレにかわす事が出来ず
アルベルトは身動きが全く取れなくなってしまう
「あら、彼の事、気に入ったのね。なら、一生懸命お世話して差し上げなさい」
女王の言葉にその人物は小さく頷いた
ソレを確認し、女王は微かに声を上げ笑うと
「その子は、私の、ルーク。次はお互いにルークを取り合いましょう」
普通のチェスとはルールは異なるけれど、と更に笑む
女王のルークはこのもの言わぬ少年
ならばアルベルトのルークとは一体何なのか
怪訝な顔をついして向ければ
「……あなたのルークは、あなたの右脚。絶対に、私が奪って上げる」
「……両脚でない処は良心的だ」
皮肉って返せば、女王はやはり笑みは崩さぬまま
「だって、一度に奪ってしまったら面白くないでしょう?」
「いい御趣味です」
「お褒めの言葉として受けとっておくわ。では」
その場を後にした
去っていく後姿にアルベルトは暫くソレを睨みつけたまま
そしてすぐに舌を打ち、深く溜息をついてしまう
「……お部屋へ」
モノ言わず其処に居た少年が徐に声を発する
部屋へと戻る様改めて促しはするのだが
アルベルトは未だ蔦にその身を捕らえられたままだ

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