《MUMEI》

「……クイン・ローズ。私は帰るから。レヴィの事は任せたよ」
「それは構わないけれど、ラヴィ。その人間を、どうするつもり?」
怪訝な表情も顕わに問うてくるクインローズへ
ラヴィは瞬間、その理由を探すかの様に視線を泳がせ、そして
「暫く飼って、観察してみようと思ってね」
「どういう風の吹き回しかしら?」
珍しい事を言うと更にクイン・ローズは怪訝な顔
だがラヴィはそれ以上何を言う事もなく
唯口元に歪んだ笑みきった笑みを浮かべながら身を翻した
「……お願い。そのヒトを、助けて」
擦れ違い際、クイン・ローズが蚊の鳴く様な声で呟く
田上は顔を上げ、クイン・ローズの方を見やるが
見た時には何の表情の変化もなく
そのままラヴィに連れられ、その場を後にする羽目に
何処へ連れていかれるのか
どちらにせよ抗う手立てのない田上はされるがまま
そし連れてこられたのは、田上宅
中へと連れ込まれれば、ソファの上へまるで荷物の様に放り出される
「君は、アレが何か知っていたのか?」
上から伸しかかられ、身動きが全く取れなくなる
何とか逃れようと身を捩るが叶わず
ラヴィの顔が息が触れそうなほど間近に寄せられる
問われた事に、だが田上は答える事はせず
あからさまに顔をそむけて見せた
「……食べ惜しみをするべきではなかったかな」
ニヤリその口元を歪ませ、田上の手を救う様に取る
肉の味をまるで確かめるかの様に舌を這わせ
そして指に歯を立てられた
「――!?」
感じる痛み
骨を噛み砕かれる音が間近で耳に届く
「な……んで?」
痛みに意識が朦朧とする中、無意識に口をついて出た言葉
何故、どうして
自分がこんな目に遭わなければいけない理由が取り敢えず欲しかった
何故、と改めて問いかけて
その喉元をラヴィに喰いつかれ、言葉を失ってしまう
「……ヒトがね、憎いんだよ。私は」
痛みにん身体を戦慄かせる中
耳の近くに寄って来たラヴィの唇が初めて、その胸の内らしきそれを吐き出し始める
「私を人喰いに貶めたヒトが私は憎いんだよ。私を殺し、此処まで貶めたあの醜いヒトがね」
激しい感情を、だが静かに吐き出しながら
その内に、ラヴィの頬から田上へと水滴が落ち始めた
ポトリポトリと降ってくるソレは、涙
泣きだしたい状況下にあるのはこちらなのに
何故、そんな苦しげな顔をするのか
考えてみても、田上に知る術はない
「君を選んだのは偶然だった。あの満月の晩、君ならば私の腹を満たしてくれると思った」
「……勝手な事、言うな……!」
何て理不尽な理由だと、反論に口を開き掛け
だがそれはラヴィに抱きしめられたその勢いで言葉にはならなかった
「私はヒトを愛せる様になりたいと思った。それなのに――」
苦しげな声色
一体この男に何があったというのか
現状を打破するにはそれを知らなければならないような気がする、と
田上はラヴィの身体を抱いて返す
昔、ウサギは寂しいと死んでしまうのだと聞いた事があった
ソレが事実かは定かではなかったが
もしかしたら、この人喰いウサギは寂しかったのではないか
そんな考えが脳裏を過る
「……餌にと決めた君なら、ほんの少し位なら愛せる気がした」
ラヴィが田上に向けるのは、食欲
ソレでもその中に、僅かばかり別の感情を見出す事が出来れば
この最悪の状況を変えられそうな気がした
「……な、ら、愛して、みろよ。少しで、いいから」
喰うのはその後でもいいだろうと言って向けてやれば
よもや田上からそんな提案があるとは思っていなかったのか
ラヴィの表情が、僅かに驚きに変わった
「……たったそれだけの為に自ら私の手に堕ちると?」
「……悪い、かよ」
「いや。私としては嬉しい限りだよ」
改めて田上を抱いて返しながら
ラヴィは満面の笑みを浮かべて見せたのだった……

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