《MUMEI》

 「……あの人、大丈夫かな?」
田上から時計を受け取り、あの場から逃げる様に走り続けて居たリトル・ファー
漸く脚を止めヒト呼吸付きながら、田上の身を案じていた
握りしめていたその時計の音がやたら耳に付き
余り聞いていたくはない、とソレをポケットへと突っ込む
「こんな処で何してる?リトル・ファー」
「……!?」
背後から聞こえてきた声に弾かれる様に振り返れば
其処に、ジャック・ピーターが立て居た
「……何か、用?」
努めて素気なく返せば、ジャック・ピーターは態とらしく肩を竦めて見せながら
「つれねぇな。お前こそ、こんな処で何してんだよ?」
「……あなたには、関係ない。あっち、行って」
「それ、ラヴィの時計だろ。良く奪えたな」
「……」
ソレを指摘され、リトル・ファーは慌ててそれを隠し
だがその程度で見逃すジャック・ピーターではなかった
リトル・ファーの手首を掴み上げ、持っていたそれを奪い取る
「か、返して!!」
「……これで、何する気だ?」
ジャック・ピーターの問いに
リトル・ファーは一瞬言う事を躊躇し
だがすぐに正面から彼を見据え、そして
「私は全てを元に戻したい。ラヴィを、パパを元に戻したいだけ」
スカートの裾を握りしめ、顔を伏せる
身体を小刻みに震わせるリトル・ファーの様に
ジャック・ピーターはやれやれと溜息をついていた
「諦めろ。ありゃもう手遅れだ」
「でも……!」
「あいつは長く行き過ぎた。もう、当の昔に理性なんてもん無くしてるよ」
「なら、どうすればいいの!?ねぇ、ジャック!!」
段々と感情をあらわにするリトル・ファー
どうすれば全ての事が上手く運ぶのか
考えてみても、一向に良案は浮かんでは来ない
「……とにかく、ラヴィからあの人間を奪い返すのが先だ」
僅かばかり焦りを声に含ませるジャック・ピーター
どうしたのかとリトル・ファーは小首を傾げてみせる
「……あいつで、千人目なんだよ。俺達イーティン・バニーは人を千人喰えば完璧に獣に堕ちる」
「……まだ、どうにかできるの?」
「そういう訳じゃない。唯、獣になるのは何とか止められるかもって話だ」
理性を失ってしまえばもうどうしようもない、と
ジャックは苦い表情を浮かべて見せる
「……今は、ソレでもいい」
力なく返すと同時
リトル・ファーは会話の中僅かに出来た隙を借り時計を奪い返し
ソレを抱き込み、ジャック・ピーターへと背を向け座り込んでしまう
その様に、ジャック・ピーターは溜息をついて見せながら
「何でそこまで必死になれんだよ。お前」
理解が出来ない、と怪訝な顔
リトル・ファーは何を答えて返す事もせず、唯ジャックピーターを見上げる
「このまま放っとけばいいだろ。そしたらヒトなんてその内に全部消える」
「……ヒトが居なくなれば、ラヴィは元に戻るの?」
「……さぁな。けど、狩るべきヒトが居なくなれば、ラヴィだってこんな事しなくなる」
「本当、に?」
「そりゃそうだろ。狩る対象がなくなるんだから」
吐き捨てる様に言いながら
ジャック・ピーターは徐に時刻を覗き込んでみる
「さぁて。他の人間も、殺しに行くかな」
まるで近所に買い物にでも行くかの様な気軽さ
リトル・ファーは慌ててその前へと立ちはだかり
「……残りの人間は、何所に居るの?」
見る事をしないのだけれど、と問うてやれば
問うてばかりいるリトル・ファーに瞬間、嫌悪の表情を浮かべたジャック・ピーターだったが
「……まだ、表の街に居ると思うぞ」
「じゃ、此処に来る羽目になったのはあのヒトとあのヒトの家族だけだったって事?」
「そうらしい。ラヴィが、一人言に呟いてたの聞いたからな」
家族を惨殺して見せたのは田上への牽制の意味合いもあったのだろうと
深々と溜息をついた
「どーせ、全員喰い殺すつもりでいる癖にな」
「……本当。趣味、悪い」
「それで、お前はどうすんだ?もうあんな人間の事なんてほっといて俺とヒトでも喰いに行くか?」
「……行かない。ヒトの肉、嫌いだから」
「あっそ。じゃ、俺行くわ」
後ろ手にを振るジャック・ピーターの背を見送ると
リトル・ファーは脈絡なく近くあった自販機で野菜ジュースを購入していた
ソレを一気に飲み干すと、ひらり身を翻す
「……どうして私、あのヒトを助けようとしているの?」
歩き始めながら、不意にそんな事を考える

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