《MUMEI》

物を食べるのを見られて気を遣わせてはいけないので、ずっと観葉植物を眺めていた。盗み見ると先輩はスプーンの握りが最初ちょっと変わっているが、細かく掬うときは正しい持ち方に直す。
今、手元に手帳があれば新しく書き足していたところだが、脳内で記録しておいた。

「そうだ、一昨日なんかテキトーにドラマ借りてきたんだった」

緊張を解こうと、チャンネルを切り換えてくれた。母さんがよく観ている海外ドラマだ。
気の利いた返しが出来なくても、先輩はいっぱい話し掛けてくれて、こちらの拙い言葉にも耳を傾けてくれる。
俺はここに居ていいんだと、受け入れられているんだと実感した。

ソファの隣に自然と座られて、肩をくっつけられる幸せ……。
吹き替えなのに映像の内容が全く入って来ない。
腰を深くかけると先輩もずらし、膝を曲げると先輩も左右対象に動かして、ミラー現象のようだ。

そして、俺がこちらを向くと先輩も目線を合わせて首を傾げてくる。

「物欲しそうに見ていたのにキスはしてくれ駄目なんだね」

「そんなに見てましたか?」

「穴が空くかと思った。それとも視姦プレイかと」

「シカン……痴漢じゃないんですか?」

咄嗟に自分の唇を両手で塞いで先輩の接触を阻止した。

「知らないんだ視姦。今度教えてあげる」

「本当ですか?嬉しいです」

無知な俺にも嫌な顔をせず先輩は丁寧に教えてくれるから頼もしい。

「体もそれくらい素直になってくれるといいんだけどなあ」

普段の会話をしていても、先輩はあらゆるところから触れようとする。

「それは……先輩を不愉快にしていると……?」

「そんな訳ないよ。
なんか俺、キスしたくてしょうがないんだよね……今までこんな衝動に駆られたことがないから、自制効かなくてさ。触れるの嫌でしょう?ごめんね」

「その、キ……キスは嫌いじゃないんですけど先輩があまりに艶かしいので俺が先輩のことを求めてしまいそうで怖くて……」

しつこく先輩に迫って嫌われでもしたらもう生きていけない……遠慮というより、先輩は俺にとって聖域だから踏み込めなかったのだ。もしかして、いつも余裕のある先輩も俺と似た理由で悩んでいたのだろうか。
このソファの肩を並べた距離感がこれまでは中々埋まらなかったのだけど今ようやく、気持ちもろとも少し近付けた……というか。

……やっぱり先輩にキスされてしまった。

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