《MUMEI》

「……私には、まだまだ手駒があるのよ」
ソレがこの群れをなす大量の手たち
最早チェスのルールなんてあってない様なモノ
アルベルトは驚きを通り越し、すっかり呆れてしまう
「……そうやって、私を蔑めばいいわ」
まるでそれを厭わない様子の女王
その口元に穏やか過ぎる微笑を浮かべながら徐に手を翳す
一体、何の合図か
状況理解を試みようとするが遅く
脚元を這っていた大量の手がアルベルトの全身を捕らえていく
「――っ!?」
その中の一つ
左脚を掴んでいた手に、段々と力が込められていく
その手が何をしようとしているのか瞬間気付いた
だが気付いたのとほぼ同時に骨を折る音が、身体中に響いた
「――っ!!」
感じてしまう激痛
顔を歪め耐えるばかりのアルベルトの様を、女王はさも楽しげな表情で見下す事をする
泣き叫び、そして許しを乞えと言わんばかりのソレに
思う様になどなってやるものかと、アルベルトは女王を睨みつけていた
「……本当に、あなたは面白い」
酷く楽しげな笑い声を上げながら
満足したのか、女王は踵を返しその場を後に
途中、態々アルベルトへと向いて直りながら
「……次は、あなたのホーンを奪ってあげる」
順序が逆になってしまったけれど、と薄く笑みを浮かべていた
女王の姿が完璧に見えなくなると、アルベルトはその場へと膝を崩す
痛みに呼吸を乱していると
「……逃げろって言葉、忘れた?」
背後から聞こえてきた声
向いて直ってみれば其処に、クラウスを伴った主が立っていた
アルベルトを見下ろしながら呆れた様な表情
主が何を言わんとしているのか解っているアルベルトは
だが誤魔化してやるかの様に漂々としたして返す
「……まぁ、アンタは逃げないだろうなって思ってはいたけど」
「だったら、こんな処にまで態々何しに来た?御丁寧にクラウスまで連れて」
「……これ、届けに来ただけ」
感情薄に呟きながら主が差し出してきたのは
一振りの剣
「剪定ばさみや枝切りの小刀じゃ、身を守るのは難しいでしょ」
だから持って来たのだと差し出されるソレを
アルベルトは溜息と共に受けとってやりながら
「……危ないから戻って来い位言えねぇのか?お嬢」
つい愚痴る様な口調
逃げろ、と言いつつも帰って来いとの命はない
その事に更に溜息をついてしまえば
「……私、この館の庭、好きかもしれない」
徐に、主の呟く声辺りを見回しながら、主は傍らに咲く花へと手を伸ばす
「……っ!」
触れた瞬間、弾かれたように手を引く主
どうしたのか、様子を伺ってやれば
その指先に赤く細い筋が流れ始めていた
「何やってんだ。お嬢」
見せてみろ、とその手を取ってやり
自身のシャツを裾を噛み千切ると、それを巻き付けてやる
取り敢えずの処置を施し終えると
「あとは帰ってからクラウスにやって貰え。な」
言いながらアルベルトはクラウスへと目配せをしてみせる
その意を理解したのか、クラウスは頷いて見せ
柔らかな仕草で主の身体を横抱きにしてやりながら
「お嬢様、帰りましょう。これ以上此処にいては身体が冷えてしまいますから」
穏やかに諭すその声に
主はそれ以上何を言う事もなく小さく頷く
「気をつけて帰れよ。お嬢」
クラウスと共に去っていくその姿
アルベルトは努めて明るく返してやりながら
その姿が見えなくなるまで見送り続けていた……

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