《MUMEI》

 「そろそろ、いい頃合かな」
月明かりが穏やかな夜
その月を窓越しに眺めながらラヴィは一人言に呟いていた
傍らには、田上の姿
まるで糸の切れた人形の様に其処に横たわっていた
「……可愛いヒト。起きてくれないか?」
優しい声色で田上の頬を軽く打てば
田上は僅かに身じろぎながらゆるり眼を開く
全身が痛み、そしてだるい
目など覚めなければいいのに、とまた目を閉じる事をするが
それを、ラヴィが喉元を強く掴み遮っていた
「……っ!?」
止まる呼吸、感じてしまう新たな痛み
何とかしてラヴィの手を退けようと試みるがどうにもならず
田上は許しを乞う様にラヴィの頭を胸に掻き抱いた
「起き、てる、から……」
「それは良かった」
穏やかな笑みを浮かべるラヴィ
田上の腕をゆるり解くと、その顔を間近に寄せてくる
田上自身の血に汚れきったラヴィの顔
見るに不愉快だと
田上は服の袖でラヴィの顔を拭ってやっていた
その行動に、ラヴィは僅かに驚いた様な表情をしてみせながら
だがすぐにまた笑みを浮かべながら、有難うを短く返す
「……一つ、聞かせてくれないか?可愛いヒト」
田上の髪を柔らかく梳いてやりながら徐に始まる話
何かと視線だけを何とか向けてやれば
「ヒトが作り上げた世界は、君に優しかったかい?」
向けられたれにそれに、田上は咄嗟に答えて返す事が出来なかった
何も返せずに居ると、ラヴィは田上の身体を引きよせ
小刻みに震えるばかりの身体を強く掻き抱く
「……ヒトなど捨ててしまえば全て楽になれる。だから」
此処で言葉を区切るとラヴィは田上の身体へと指を這わせ
ゆるりその全てを剥ぎ取り始める
全てを顕にされてしまった田上
何をされてしまうのか不安に眼球を揺らしながらラヴィの方を見やれば
「……私の元まで、堕ちておいで。可愛いヒト」
残酷なほど優しげな笑みが目の前にあった
瞬間、これから愛して貰えるのでは、と錯覚しそうな程のソレに
だが実際はそうであるはずがなかった
「――!!」
与えられる痛み
どろりした感触がゆっくり首筋を伝っていくのが意識薄でも解る
ラヴィの唇が田上のそれと重なった、次の瞬間
目の前が、濃い朱に染まっていく
自身が薄れていく様な感覚、その奥に
田上はぼんやりと何かを見始めた
最初に見えたのは濃い血の朱、田上はその中にラヴィの姿を見た
血に塗れ、倒れ伏しているラヴィの目の前
その様を嘲笑を浮かべ見下している複数の人影
見えるこれは一体何なのか
解らず、だが田上はソレを知らなければいけない様な気がして
求める様に、手を伸ばす
だがそ手は何を掴む事も出来ないまま
見えていたモノは消えていってしまっていた
「……何故、泣いているのかな?君は」
伸ばした手を取ってやりながら、ラヴィは問う様な表情を向ける
言われて初めて、田上自身泣いている事に気付くき
だが身体は思うように動かず、頬を伝うソレを拭う事は出来ない
「……アンタ、は、ヒトに、殺された、のか?」
見えたままをラヴィへと問うてかせす事をすれば
ラヴィは僅かに眼を見開き、だが何を返す事もない
沈黙は時に答えそのもの
田上はその事実に、やるせなさを胸一杯に覚えてしまう
「……ヒトは、アンタには、優しくなかったんだな」
だからこのウサギはヒトを求める事をしないのだと
解ってしまえば殊更、悲しかった
「私を、可哀想なウサギだと思ってくれるかい?」
思う、と頷き掛けて田上はやめていた
この哀れで残酷なウサギはその言葉を恐らくは望まない
言葉の代わりに田上はまたラヴィを抱き返してやる
「……私と共にヒトを殺しに行こうか。表の街まで」
「……嫌、だ」
その提案に、まるで子供の様に嫌々をする田上
ラヴィは聞こえる様に溜息をつくとゆるり田上の腕から逃れ
そのまま顎に手を添えたかと思えば
正面から田上の顔を見やり、そして徐に自身の舌を噛み切っていた
何をしているのかと驚く田上
呆然と開いたままの唇へ、血が大量に溢れ出しているその舌が注し込まれる
「……!?」
ドロリと生暖かい血液
口内に満ちて行くソレはひどく甘く
吐き出してしまいたいと身を捩るが叶わず、そのまま嚥下してしまう
トクン、トクン
同時に早く脈打ち始める心臓の音

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫