《MUMEI》

舌先を三分の一まで出すと、つるりと温い唇が滑り込む。
呼吸を整えながら、合わせようとするも結局は先輩の勢いに飲まれてしまった。

競っている訳じゃないけどなんか悔しい、指を絡める仕草とか、先輩の瞼が閉じる瞬間とか、もっとゆっくり感じてみたい。
思考が掻き混ぜられて耳鳴りがした。



――――リリリ リリリ

電子的な黒電話の音が鳴る。

「で……、」

電話が鳴っているが、気にも止めない。
先輩の歯が顎に軽く当たり簡単に想像は出来た。

また、噛まれた……!
痛みに反射して抵抗してしまい、リモコンのチャンネルを替えてしまう。



『園美エイナさんがご結婚ということで、お相手は事務所のマネージャー、現社長とのことですが……』
ニュース番組に切り替わり、コメンテーターが結婚発表した女優について解説している。

「……なんのチャンネル?」

「ぶつかって切り替わってしまったのでさっぱり……」

真剣な表情で画面と睨めっこして、俺は抱き留められたまま二人でソファで横になった。
先輩は俺の後ろになっていて、たまに頭を撫でてくれたり音量を調整したりした。

「指、ころころしてるんだね。俺の手より小さくて、薬指と俺の小指が似てる」

それは、先輩の指が長いのではなかろうか。ずしりとのしかかる先輩の手はかつて硬球をすっぽり包み込んでいた。
俺の頭を、逞しい腕が支える。
急に止められるなんて、生殺しだ……

「メガネ君あったかい……」

「先輩もあたたかいです」

これはいつぞやのお泊りの眠れないパターンか……?

「……明日学校だよね」

「はい、明日は数Aなんで単位が……」

本当は学校より先輩が優先枠を占めている。
それなのに、裏腹に突き放すような口ぶりになってしまう、俺の馬鹿。
先輩と目が合うと俺の心の中が見透かされそうで、見られないように視線をずらした。

それさえも、先輩にはお見通しなのかキスをせがみたい欲求より早く唇が俺に降ってきた。
期待を抱き過ぎたのか口では無く、舌は目尻を舐める。

「まつげ。付いてるよ」

微笑む口元から漏れる舌が色っぽい。そうか、まつげか……。
期待していた俺ってやっぱり淫乱なのかな。

「せ、……先輩も付いてますよ」

「ん、取って」

ごく、自然に唇を重ねてしまえばきっと大丈夫。

ソファに横になったままの体を先輩に向かって横たえるように直し、リラックスした。
日本人離れした鼻筋、小顔なので首筋から覗く喉仏が目を引く。


自然に、自然に…肩に指を添えて……!いけない、指に力が入ってしまう。

「動かないでくださいぃ……」

まさか、俺が震えてるのか?

「ふ……、ふふっ」

先輩、泣いている?

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