《MUMEI》

 「……此処も、あそこも。境が綻んできてる」
田上を探しにと街中を奔走していたリトル・ファー
当たりの様子を窺いながら走っていると
その至るところが、まるで朽ちた土壁の様に脆く崩れ始めていた
「……ダメ。早く、早くしないと」
早くしなければ境が無くなってしまう
境が無くなってしまえば大量の人間がこちらへと迷い込む
そうなって、しまえば
「……本格的に、祭りが始まってしまう」
それだけは何としても避けなければ、と
リトル・ファーは進む脚を更に速め走る
途中、そのリトルファーの目の前へ数人のイーティン・バニーの姿が現れた
もしかしたら、田上の所在を知っているかも、と
リトル・ファーは脚を止め、その事を問うてみる
「ああ、ラヴィの奴が選んだって言う人間か。それなら、この先の家にいるんじゃないのか?」
そう言いながら示した先に在るのは、田上宅
リトル・ファーは短く礼を言うと踵を返す
また走りだそうとした矢先
「けど、もう手遅れなんじゃないのか?ラヴィの事だからな」
嫌な言葉が向けられた
だがそれを完全に否定する事も出来ず
唯無言で相手を睨みつけ、その場を後に
無事で合ってほしい
切にそう願いながら、リトル・ファーは田上宅の戸を開け放つ
同時に漂ってくる血の臭い
噎せ帰ってしまいそうなそれに何とか耐えながら中へと入って行けば
「よく来たね。リトル・ファー」
居間に、ラヴィの姿があった
ゆるりソファへと身を寛げ、その傍らには田上を抱いている
「……その人を、返して」
ソレは自分のモノだと主張してやれば
返答代りに、ラヴィの嘲るような笑い声が聞こえてくる
「何故君はこの人間に其処まで執着するのかな?」
「……関係ないし、解らない」
そっぽを向いてしまうリトル・ファーに、ラヴィは更に笑う声を上げながら
「これを見ても、そんな事が言っていられるかい?」
田上を前へと押しやってきた
すっかり血で汚れてしまっているが無事らしい田上の姿にホッと胸をなでおろす
安堵に緩んだ表情はだがすぐに、険しいソレへと変わっていた
直後、田上がリトル・ファーに向け、巨大な鉈を振り降ろしてきたからだ
「……手遅れ、だった?堕ちて、しまった……?」
「そう、。彼はもう、私達の仲間だよ」
田上の腕を引きよせ、また抱きしめる
唯、されるがままにその腕の中に在るばかりの田上
僅かばかりリトル・ファーへと視線を向けると
その唇が微かに助けてと動く
「……絶対に、助けてみせる」
「そう、上手くいくかな」
意を決した様なリトル・ファーへ、ラヴィは嘲るような言葉を向けてやり
高々と指を鳴らす
一体、それは何の合図か
警戒に辺りを見回してみれば其処に
イーティンバニー達が群れを成し現れた
「まずはリトル・ファー。私の時計を返してもらおうか」
手を差し出してくるラヴィ
ソレを拒む様にリトル・ファーは嫌々と首を振ってみせる
「ソレは君には使えないモノだ。返してはくれないかな?」
「嫌!」
更にはっきりとした拒絶に、瞬間ラヴィの表情から穏やかさが失せる
仕方がないと一人言に呟いた後
周りに居る他のウサギたちへ目配せをしてみせる
「……私の意にそぐわない者は必要ない。殺せ」
耳に痛い程冷静な声が聞こえ
その全てがリトル・ファーへと向かってくる
其処に混じる田上の姿
どうすればいいのか、何をすればいいのか
考えが、最早まとまらなかった
「……時計を、壊しなさい。リトル・ファー」
迫りくる全てからリトル・ファーを庇うように
其処にクイン・ローズの姿が現れる
僅かに顔を振り向かせ、改め時計を壊せと言って向けてくる
「もう時を戻してもどうにもならない。これ以上、皆の理性が無くなってしまう前に――」
「……壊すと、どうなるの?」
「すべてが、元に戻るだけよ。だから――」
言葉も途中に途切れた声
何が起こったのか
見上げた先にリトル・ファーが見たものは
田上の鉈で首をへし折られたクイン・ローズの姿
血しぶきを上、その場へと崩れ落ちて行った
「クイン・ローズ……?」
目の前の光景が俄かには信じられず
膝を崩し座り込んでしまったリトル・ファーは田上を見上げる
重なる視線に、だが其処に田上の意志はない
「……これさえ、無くなれば……!」

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