《MUMEI》

 「昨日は、誰か来ていたの?」
翌日、朝
漸く庭師としての仕事に着手し、作業を黙々と進めるアルベルトへ
その傍ら、優雅に朝の紅茶を飲みながらその様を眺めていた女王が徐に問うてきた
主とクラウスの来訪に気が付いていたのか、と
内心舌を打ちながら、だが努めて冷静を装いながら
「いいえ。誰も」
それだけを言って返す
その返答に納得がいっていないのか
女王は腰かけていた椅子からゆるり立ち上がる事をすると
アルベルトが作業に登っている脚立へと同じ様に登り始めていた
危険だと言ってはやるが無駄で
結局は脚立を伝い、アルベルトの元へ
「……素敵な、景色ね。とても、綺麗だわ」
支えろと差し出された手
ソレを仕方がなく取ってやりながら、アルベルトはすぐ近くある女王の存在に
警戒し、身を僅かに引いていた
「あなたの主は余程躾が上手なのね。寂しいわ」
「何か、他に用事でも?」
落ちない様支えてやりながら問うてやれば
女王は子供の様な仕草で頷いて見せながら
「朝食を一緒にいかが?用意をさせたのだけれど」
食事の誘い
今の状況下で食事など、何を盛られるかわかったモノではなく
アルベルトは緩く首を横へ
「私は、結構です。ついでにこいつを仕上げてやりたいので」
「そう?では後で簡単に食べられる物を運ばせるわ」
それだけを言うと女王は身を翻し、屋敷内へと入っていった
その後ろ姿を睨みつけるように見送ると
アルベルトは作業を再開させる
触れてやれば聞こえてくる植物の声
叫び、嘆き、そしてその中に、混じる歓喜
良く解らないその感情が、痛みとなってアルベルトを苛んでいく
「大丈夫だから。絶対に、何とかしてやる」
痛む頭を押さえながら
複雑に絡んだ蔓に一本一本、丁寧に鋏を入れていく
不意に左側に重心を掛けてしまった途端
脚が酷い痛みを訴えた
すっかり忘れていた、昨日折られてしまった左脚
応急処置はしたものの、その程度で痛みが引く訳もない
頭痛と、脚の痛み
その両方に苛まれ耐えきれなくなったのか
アルベルトは脚立から降りる事をすると、近くあった木の幹へと身を寄り掛らせた
「流石の魔の人も、傷を負えば痛みを伴うようですね」
どれ程の間そうしていたのか
背後から徐な声に、アルベルトは弾かれたように振り返る
其処に、執事服に身を包んだ男が一人立っていた
「何か俺に用か?」
反射的に腰に帯びていた剣に手をかけ身構えれば
相手はさして慌てる様子もなく首を緩く横へ
「私は、あの方のルーク。ですが、今の貴方を手に掛ける事はありません」
自分は丸腰である事を態々見せつけ
だが何処に何を隠し持っているか分からない、と
アルベルトがその構えを解く事はない
「申し遅れました。私は、ト―リス。この館の主、クイーン・オブ・ハーツの執事をしております」
お見知りおきを、と頭を下げてくる
丁寧な挨拶に、だがアルベルトは据わった視線を向け相手を睨みつけるばかりだ
「その表情、まるで手負いの獣の様だ」
「……うるせぇよ」
用がないのなら失せろ、と視線で伝えてやれば
相手は態とらしく肩を竦ませながら、だがゆるりアルベルトへと近く寄っていく
「いっそ、女王の手に落ちたらいかがです?その方が貴方も楽になれる」
態々耳元へと唇をよせ小さく呟く
その声、相手の存在
其処にある全てが今は煩わしかった
「……そんな恐い顔をしないで下さい。冗談です」
「全然、笑えねぇよ」
「それは申し訳ありません」
然して詫びている様子のないソレに
だが反論するのも馬鹿馬鹿しいと
顔を逸らしてやるかの様に、立てた膝の間へと顔を伏せていた
「歩けない様でしたら私が運んで差し上げましょうか?」
上から聞こえてくる耳障りな声
そのまま何も答えずに居ると、不意に身体が浮いた
「――!?」
突然のソレに、アルベルトは当然に驚き、慌て
何とか逃れようと試みる
「大人しくしていてください。もう片方の脚も折られたいですか?」
右足を掴まれ、アルベルトは暴れる事を反射的に止める
流石に両の脚を折られてしまってはどうにもならない、と
仕方なくされるがままになるしか出来なかった
「おや。途端に大人しくなりましたね」

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