《MUMEI》

 目覚めると、イシユミは昨夜の夢のことを思った。
 寝起きで濡れた漆黒の瞳を開け閉めする。
 内容はすでに思い出せなくなっていたが、何だかとても気分のよい夢だったようだ。
 寝床から這い出ると、着物を身に着け、伸ばしっぱなしの髪の毛を簡単に後頭部にまとめる。
 下宿の窓外は、いまだ白い霧に包まれている。
 すぐそばの仕事場は、鉱山の麓にある宿屋だ。
 山に入る者と山を下りた者が、ひっきりなしに行き交う、繁雑としたところであった。
 イシユミの仕事は、鉱石を売り買いすることだ。
 だが、大抵、日中は宿の給仕をして過ごすことになる。
 早朝から山に入る者のため、宿の朝は早い。
「おはよう、タカイチ」
 調理場の準備をしていると、顔見知りの山師が顔を出した。
 タカイチは、首から上だけを下に少し傾ける。
 彼のいつもの挨拶である。
 山師は半年ほど前、鉱山の街にやって来た。
 毎朝、珈琲を一杯注文する。
 彼自身は鉱石採掘人ではない。助手として採掘人と山に入り、彼らから依頼される雑多な業務を引き受けているらしい。
 山の便利屋というところであろうか。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫