《MUMEI》
4 
 「まひる――!あんた何時までご飯食べてるの!片付かないでしょ!」
その声に、田上はハッと我に返っていた
驚き、辺りを見回してみれば其処は自宅
どうやら朝食時なのか、家族が皆忙しく動いていた
一体何故、どうして
状況が理解出来ず、つい呆然としてしまう
「早く食べて小兎子と出て頂戴。掃除しちゃうから」
「サトコ……?」
ソレは一体誰なのか
解らないまま、母親の視線を追って隣を見てみれば其処に
さも当然の様に座って食事するリトル・ファーの姿があった
「お前……」
「ごちそうさま。お兄ちゃん、行くよ」
驚くばかりの田上に構う事無く
リトル・ファーは行儀よく両の手を合わせると席を立ち
まだ食事も最中だった田上の襟ぐりを引っ掴み家を後に
暫くリトル・ファーに引き摺られる様に歩いた後
「何で私があなたの家に居たか、気になる?」
リトル・ファーが不意にその脚を止めた
どうやら話してくれる気があるのか、リトル・ファーは唐突に傍らにあった木を見上げ
そして瞬間ソレに飛んで登っていた
「何、してるの?早くきて」
急かされはするものの、その木は決して低くなく
リトル・ファーが居る其処まで登って行くには多少なり時間がかかりそうだった
だが急かすばかりのリトル・ファーに負け
田上は仕方なく気によじ登ろうとその幹を抱く
「……そんな事しなくても、登れる。……あなたも、ウサギだから」
地面を蹴ってみろ、とのソレに
田上が言われるがままに土を蹴って見れば
ふわり身体が高く浮き、リトル・ファーの元へ
自分は本当にヒトではなくなってしまったらしい、と実感させられた瞬間だった
「……安心して。此処は確かに貴方のいた、表の街」
「……そか」
その事実だけはひどく田上を安心させ、僅かだがその表情が和らいだ
その表情を横眼で見ながら
「……そして、私が此処に居るのは、あなたを一人にしないため」
さらに続ける
自分をか、と問うてくる田上へ、リトル・ファーは小さく頷いて返す
そして田上の顔を見上げてやりながら
「イーティン・バニーに、寿命はない。あの時計が動きつづける限り、延々生き続ける」
田上に残酷すぎる現実を突き付ける
もしかしたら全ては夢だったのではないかという田上の願望は虚しくも崩れ去っていた
「……絶望してしまうのもわかる。けど、時計を壊そうなんて、思わないで」
いつの間にか田上の制服の胸ポケットに入っていたその時計を指差しながら
リトル・ファーからの懇願
微妙に問い掛けの返答とは外れている様な気がしないでもなかったが
田上は取り敢えずは頷いて返してやる
「あなたの家族は確実にあなたを置いて逝く。でも、私はずっといるから」
同じ時を、同じ場所で
そう呟いた言葉は耳にひどく優しかった
「……その為に、私は(小兎子)になったんだもの」
ずっと傍に、田上を一人にしないために、と漸く問い掛けの返答
何故、田上にそんな感情を抱くのか、リトル・ファー自身未だに解らない
だが共に生きる内解ってくることなのだろう、と
リトル・ファーは田上を引きよせ、その唇に口付けを交わしていたのだった……

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