《MUMEI》

泣いてるのなら、励まさなければ。
両腕に力を込めて抱きしめた。こうされるの、俺は元気になるから先輩もそうだといいな。

「先輩泣かないで……」

先輩の鍛えられた筋肉は意外に柔らかい。
鼓動が高まり、先輩の脈打つ首筋と重なる。これって、気持ち以上に繋がっているみたいで心地が良い。

「ふふ…………、はあ……。今日は、いや違うな。やっぱり今日も明日も帰したくないなあ……してくれない?」

顔を埋められて、吐息が首筋を湿らせる。

「――はいいっ!なにをですか?!」

「……なんでも」

俺と同じ目線に合わせてくれてる至近距離の先輩だなんて、昇天しそうです神様……。

鼻先がぶつかって擽ったい。
"なんでも"って、言われることでなにをしたかったのか分からなくなってきた。
見ているだけでも幸せだったのに俺から触れてもいいとか、怖い……!幸せ過ぎて怖い。

「まだ?」

突き出された唇に俺の浅はかな願望が筒抜けだと痛感した。
影が間近に落ち、額に汗が滲んでくる。好きだけど、だからこそどうしたらいいか分からない。
キスしたい、でもインランなところを見せて嫌われたくないという葛藤。

「ほらほら、俺がまぬけみたいじゃん」

ちゃんと俺は求められている……?それなら大丈夫かな、ゼロ距離で心の間合いを取ろうとしてしまう。
唇を押し付けて、指が絡まるとようやく先輩に受け入れられたと安心した。

よかった……。先輩、好きだ。
好きだから……、頭を離して……!

絡まった指ごと頭を支えられて身動き取れない。
……もう、大丈夫。
十分なので一旦離れないと先輩の温もりで息が止まってしまう!

「 もっとっ……」

嘘、十分だった筈なのに欲しがっている。
ごめんなさい父さん母さん、俺はこんないやらしい人間に育ってしまいました。

「うん、やっぱり俺からじゃないとしっくり来ないよね。俺ももっとしたい」

優しく微笑まれるとなにもかも許される気がした、先輩もキスしたいだなんて心臓が落っこちてしまう。


「……電話したよね。後で怒られるの俺なんだけど」
人が入って来た気配を察知した先輩は俺をソファから落とした。
カーペットの柔らかい毛足が頬に張り付いた。

「勝手に入ってくるとか……鍵を勝手に作るとか訴えるぞ。後で鍵返せよ、ヤマなんて最悪だ」

声から特定すると、ストリートスナップを撮った時の先輩の仕事仲間だ。


「社長からの電話すっぽかしたろう、迎えに来た……あれ、彼女は?部屋?」

「おい、あんまり勝手に入るなよ」

ヤマ(仮名)さんは先輩の寝室に入って行ったっぽい。あの目茶苦茶な寝室を見られたら先輩が危ういんじゃ……。

「うわ、すっげ。レイプ?」

「……和姦だよ」

「ああ。レイプじゃなくて、プレイか。3Pした後に彼女を帰したとか、ひっでぇな」

ソファを覗き込まれてしまった、俺の不注意でヤマさんにばれてしまったのだ。ヤマさんは肩までざっくりと切り揃えてある黒髪に、細面で薄い唇が時折釣り上がると、飄々とした態度にしっくりくる。

「メガネ君にべたべた触んな。この子は違うから」

先輩にヤマさんから引っぺがされた。
触れたかんじだと、先輩の方がヤマさんより背が少しだけ低いが筋肉質だ。
ヤマさんは全体的に細長かった。

「神林の隠し子?」

「……みたいなもん、もう囲まれてる?この子帰したいんだけど」

頭上での状況把握が出来ないまま、裏口に案内されて三人で車に乗り込んだ。

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