《MUMEI》
1
 「俺の家に何か用か?」
自宅前に、見知らぬ人影があった
仕事が立て込み、帰宅時間が深夜近くになってしまった豊田 玄は
こんな時間に何事かと、訝しげな表情を浮かべて見せる
「……」
だがその人物は僅かに豊田を見上げただけでそれ以上の反応はなく
暫く互いに無言で対峙していると
人影はゆるり動く事をし、その手に抱えていた何かを豊田へと差し出してくる
ソレは何なのか、と眺めてみれば
ひどく綻びているクマの人形だった
一体これをどうしろというのか
解らず、どうにも出来ないでいると、相手は豊田の顔をまじまじと見やり
そして豊田へとそのクマの人形を押しつけると身を翻しその場を後に
結局、訳が分からないままの豊田
受けとってしまったクマを、だがどうしてか捨てる気にはなれず
持ったまま、自宅へと入っていく
入れば酷く殺風景な室内
生活するのに本当に必要最低限のものしかない、狭いワンルーム
つまらない部屋だと思わないでもないが、さして不便さ、不自由さも感じない
どうせ、帰って寝るだけの部屋なのだから、と
押しつけられたテディベア放り置き、身支度を解きに掛る
干したままの洗濯物の中からシャツとジーンズを取り、ソレに着替えれば
腹の虫が微妙に空腹を訴えてくる
何かないものかと冷蔵庫をあけるが何もなく
豊田は仕方なく近所のコンビニへと買いに出掛ける事に
草履を突っ掛け祖へと出てみれば
「……何だ?これ」
豊田宅の前から点々と、何かが落ちている事に気が付いた
何かと拾ってみればソレは
小さく千切られている端切れだった
点々と落ちているソレ、一体何かと一枚ずつ拾いながら辿ってみる
そうして辿り着いたのは、近所にある公園
深夜の公園、たった一つ立つ照明が照らす其処に
豊田はつい先程在ったばかりの人影を見た
滑り台に膝を抱えて座り、爪を齧るその姿
周りには何処から持ってきたのか、大量のテディ・ベアに囲まれている
「……これ、お前のか?」
異様な光景だと思った
一体何をしているのか、とつい問うてみれば
相手は先ほどとは全く違う、淀んだ表情を豊田へと向けてきた
豊田が差し出したそれを受け取ると、傍らのクマへと宛がう事をし
常に持ち歩いているのか、ソーイングセットを取り出すと繕う事を始めた
その手元は危なっかしく、何度も指に針を刺しては血を流している
見るに痛々しく、止めようと手首を掴み掛けて
「そこで何をしている!?」
近所の住民が怪しいと通報したのか
近くある駐在所から警官がやってきた
此処で捕まるのは得策でない、と
相手の手を掴み、逃げる様にその場を後に
「……僕の、クマ」
全てその場に置き去る羽目に鳴ってしまったクマ達を見やる相手
だが今はソレに構ってやる余裕は豊田にはない
警官に掴まり、あれこれ聞かれるなど面倒で叶わない、と深く溜息を吐く
「……取り敢えずは居れ」
自宅へと帰り着き、中へと招き入れてやれば
だが三和土から上がろうとはせず、豊田はその腕を引き室内へ
まるでヒトとしての気配を感じさせない、妙な感覚
「……お前、名前は?」
取り敢えず、聞く事をしてみれば
相手は僅かに豊田の方を見やり、そして小さく口を開く
「……教えません」
求めていた返答でないソレに苛立ちを覚えながらも
だが無理に聞きだす事でもない、とそれ以上の追及はせずにおく
「……なら、(クマ)だな。お前」
「……クマ?」
「くまの人形に塗れてただろ。大体、あんな所で一体何してた?」
肝心要を問うてやれば
相手、クマ(仮)は暫く考えるそぶりを見せ
「……そうだ。あいつら迎えに行ってやらないと」
やはり答えでないソレを呟くと、身を翻していた
出て行こうとする手首を掴み、止めてやれば
「……邪魔、するんですか?」
睨んだ視線が見上げてくる
刺して気にする事もなく、掴んでいた手を強く引き
ソファへと押さえつける様に座らせていた
「……」
何かもの言いたげな視線
重なったままの視線をそらさずに居ると
相手の手がゆるり伸びてくる
「じゃ、貴方でいいです」
「は?」

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