《MUMEI》

 予想通りの忙しさに辟易する。
 繁盛するのは大歓迎なのだが、宿内で働く人間と客の比率がどう考えてもおかしい。疲れるだけなので途中から、無心で身体だけ動かしていた。
 繁忙時を過ぎ、賑わいがようよう落ち着いてくる。
「イシユミ」
 名前を呼ばれて、我に返る。
 髭面の黒眼鏡男が、眼前で手のひらを振っていた。
「あれ、どうなった」
「あれって?」
 無意識にとっていた男の注文を改めて確認して、聞き返す。
「決まってんだろ、斑に青い石だよ」
「そのままだけど」
「何だよ。もう加工場に持って行ったと思ったのにな」
 妙だった。
 イシユミは曖昧に頷きながら、黒眼鏡で見えない男の目を探ろうとする。
 大抵の採掘人は、売った石の行き先に対して、あまり興味を持たない。男もそうだったはずである。
「何か気になることでも?」
「いや。あの後、何か変わったことはなかったかい」
「変わったこと?って」
 ごくり、男の唾を飲み込む音が聞こえる。
 待っても、中々、口を開こうとしない。
 一旦、イシユミは席を離れて幾つか仕事をこなしてから、注文された品を持って戻ってくる。
 何か言いたげなのだが、男はしばらく、ただ口を開け閉めだけしていた。

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