《MUMEI》

「あの、石。いつもの採石場で採れたのか」
「違う。あれは、いや、言えない。言いたくても言えない。俺にも場所がよくわからんのだ」
「どうして。あんたが採ってきたんだろうに」
「違う。タカイチだ」
 イシユミは視線を男の黒眼鏡の奥に固定したまま、微動だにしなかった。
 いつもの予定より山奥に進むために、急遽、タカイチに採掘の助手を頼んだのだと男は言った。
 彼が腕のいい山師だということは周辺に知れていて、頼りにされているのだ。
 天候は良好であったが、進むにつれて、山道は霧に包まれ始めた。妙に粘る湿気が肌に絡みつく。
 前進を諦めて引き返そうと踏ん切りをつけた途端、男は下降感に襲われた。
 足を踏み出した先に道はなく、男とタカイチは何処かへと滑り落ちていた。
 以後、記憶が空白になっている。
 気がつくと、タカイチが男を背負って、元の道を歩いていたのである。
 擦り傷や多少の打撲はあったが、大怪我は免れていた。タカイチも同様に無事である。
 霧はまるで最初から、なかったように消えていた。
 二人して落ちたところにあったと、タカイチが懐から取り出したのが、件の鉱石だった。
「じゃあ、タカイチなら?」
「いや。何度か下りて探したんだが、落ちた場所が全くわからん。霧の所為で視界が零だったしな」
「ここに持ち込んだのは、どうして」
 釈然としないものを、イシユミは感じていた。

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