《MUMEI》

 夢を見ていた。
 下宿の窓からは十六夜の光が差し込んでいる。
 斑藍の鉱石は、恐ろしい透明度を保っていた。窓外からの光で、様々な濃淡の色に変化しつつ、一層禍々しい輝きを放っている。
 イシユミは夢を見ていたが、見ているという自覚はなかった。
 姿のわからない陰と繋いだ手のひらの温度に、覚えがある。
 身体は軽く、浮遊感が全身を包む。
 口の中には、丸い玉があった。舌で転がすと甘い風味がして、何となく奥歯で噛み締める。
 瞬間、瞳を固く閉じた。
 丸い玉が砕けて、甘く、芳しいものが溢れ出たのだ。
 世界が、群青色に変わっていく。
 蚕が吐き出す糸のように、イシユミから流れ出て止め処もなく、群青に溢れる。
 燐光が弾けて、ふわりと瞬いた。
 今度はイシユミが、ゆっくりと群青に染まっていく。指先から肢体を巡り、まにまに爪先まで浸食される。
 恐る恐る瞳が開かれた。
 濡れた漆黒だったものが、今は、どうだろう。群青色となった両の瞳が、鮮やかに輝いていた。
 やがて片方の藍玉を、開いたままなぞられる。
 薄い皮膜を舐め取られるような感覚に、イシユミは我慢できず背を反らした。
「いいこだ」
 身体を支えた陰が満足そうに笑う。何かが、ころりと陰の手のひらに転がった。
 それは一粒の玉。
 群青に輝く藍の玉。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫