《MUMEI》

「最高級品でも性質の悪い夢がある。取り込まれて帰って来ることができない者もいるけど、イシユミはとても優秀だったよ。ちょっと手助けしただけで、悪夢を撃退したろう」
 鉱山の街にやって来たときから、黒眼鏡の採掘人や霧に閉ざされた場所の話、夢を採取する条件など様々、タカイチは本当に、洗いざらい説明してくれるつもりらしい。
 まるで、気楽な世間話のようである。
 普段、無口なのが嘘のようだ。いや、全て嘘であって欲しかった。
 この男は、何者なのだろう。
 思考が行き着くのは、どうしても同じ終着点なのだった。
「斑藍の鉱石は、もうないのか」
「いいや。その石は、もう仕事を終えているけど、」
 ここにある。
 柔らかいものが唇を塞いで、何かが吹き込まれる。
 耳元で囁き声が聞こえた。
 以後、記憶が空白となった。


 目覚めるとイシユミは昨夜の夢のことを思った。
 寝起きで濡れた片方ずつの漆黒と群青の瞳を開け閉めする。
 内容はすでに思い出せなくなっていたが、何だかとても気分のよい夢だったようだ。
 知り合いが出てきて、誰かがいたような気もする。
 そんなはずはなかった。
 長いこと孤独な下宿住まいである。
 寝床から這い出ると、着物を身に着け、伸びっぱなしの髪の毛を簡単に後頭部にまとめる。
 今日も宿屋は忙しくなるだろうか。
 本業よりも優先される副業というのは、本末転倒だ。
 でも、それが現実で日常なのだ。
 仕度をして下宿を出る。
 イシユミは、何か大事な忘れものをした気がして、振り返った。
 けれども、漆黒と群青の瞳を一度閉じて微笑むと、ふたたび足を踏み出して、仕事場へと向かった。


       終幕

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