《MUMEI》

 「ねぇ、豊田。アンタ知ってる?」
翌日、午前中の業務も終えた昼休み
昼食を食べに、と席を立った矢先の事だった
同僚から徐に話を振られたのは
一体何の事か
一応は立ち止まり、その話に耳を傾けてやれば
「最近さ、この辺りにやたらクマの人形が落ちてるんだって」
相手が話す事を始める
クマの人形が落ちている事がそんなに大事なのか
ついそう返してやれば
「別に大したことじゃないんだけど、そのクマね、全部が継ぎ接ぎだらけなんだって」
何か不気味だとの同僚に
だが豊田は思い当たる節がある様な気になる
「……」
「何?豊田、何か知ってんの?」
表情に出てしまっていたのか、詳しく話せとの相手へ
豊田は誤魔化す様に首を横に振ると、昼食を食べに行くとその場を後にしていた
「ちょっ……、待ちなさいよ!豊田!」
どうしても聞きだしたい様で後ろを付いてくる
大した事ではないというのならば放っておけばいいものを、と
深々溜息をつき、会社を一歩出た矢先の事だった
其処に、その人物が立っていたのは
相変わらず表情少なで、そこに佇んでいる
「……此処で何してる?」
斜に見下ろしながら問うてやれば
相手は何を言う事もなく、肩から下げている鞄の中を漁ると
其処からクマの人形を取ってだし、豊田へと投げ付けた
行き成りの事に受け取り損ねてしまい、顔面で受け取る破目に
何をするのかと睨みつけてやれば
ソレまで無いに等しかったその表情が涙に滲んでいる事に気付く
「……僕は、解って欲しいだけです」
「は?」
どういう事か聞き返せば
相手は僅かに視線を向けただけで身を翻し、その場を後に
後に残された二人
相手が立ち去って行った其処を睨むように眺めるばかりの豊田へ
同僚はさも意外そうな顔を豊田へとして向ける
「何だよ?」
まじまじ眺められ、何かを返せば
「ね。今のって、部長の処の息子の真帆君じゃない?」
「お前、あのガキ知ってんのか?」
「ま、ね」
何故か言いにくそうに口籠る
何かあるのかと更に問い詰めてやれば
「……真帆君ね、部長の愛人さんの子なの」
聞かれくない事なのだろう小声での返答
「一応、認知はしてもらってるみたいだけど。やっぱり、何所にも居辛いのかもね」
可哀想だと無意味な同情
恐らくあの少年が望んでいるのはそんなものではなく
唯単純に、自分を認めてほしいという思いなのだろう、と
冷静に分析してやりながらも、後を追う事はしなかった
「いいの?豊田。追わなくて」
「は?何で俺が」
「だって、アンタに会いに来たんでしょ?あの子」
「……知るか」
自分には関係ない事だと吐き捨て、改めて歩きだす
「……?ちょっと待って、豊田」
直後、どうかしたのか同僚からの制止の声
背広の襟ぐりを掴まれ、その脚を止めれば
「アンタ、このクマ何か持ってるわよ」
押し付けられ、無造作にポケットに突っ込んでいたクマを指さしてくる
見てみればその言葉通り、何か紙切れを持っている事に気付いた
何かと、それを見てみれば
僕を、見つけて下さい
小さく、頼りない文字でそう書かれていた
一体どういう事なのかと訝しむ豊田
この文字どおりに見つけ出して、理由を問い質してやりたい
そんな衝動に駆られながら
だが昼休みも少なくなり、それは出来なかった
「気になる?真帆君の事」
「は?」
「アンタってさ、普段物事に対して関心薄だからさ。すぐ解るわよ」
気になるのだろう、と言い迫られ
だが豊田は唯黙して貸すだけ
ソレが認める事と同意になる事も気付かずに
「……しかし、お前何でそんな詳しいんだよ」
さりげなく話をすり替えてやりながら、ふと気に掛ったソレを問うてやれば
相手は瞬間間を開けた後、自身満々といった様に笑みを浮かべながら
「女の情報網を、甘く見ないことね」
それだけを続け、相手は先に帰るから、と足早に去っていった
騒がしい奴だと溜息をつきながらその後をゆるり歩いて行き
社へと戻ると午後からの業務に付く
その日の仕事もそつなくこなし、漸くの終業
デスクワークに疲れ、凝り固まってしまった首を回しながらほぐしていると
不意に現れてきた影が、唐突にネクタイを強く引いた
「――!?」
瞬間、止まってしまった呼吸

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