《MUMEI》

 「……アルベルト、何見てるの?」
翌日、早朝からアルベルトの姿は書庫にあった
常日頃からアルベルトが其処を利用する事は少なく
意外な様に、そこを管理しているリヴ・フェアリーが驚いた様な表情をしてみせる
「花の、図鑑?」
アルベルトが見ていたそれを見、更に驚いてしまえば
だが何を返す事もせず、アルベルトはそれを凝視するばかりだ
一枚一枚頁を捲り、その指が途中止まった
「……ハーツ・モネラ」
女王の名と全く同じソレの花を見た
真紅の花を付け全体に棘を持った、だが薔薇とは全く違った様の花
唯単に名前が一致しただけだと、そう思うのだが
どうしてか、それが気になって仕方がない
「朝から精が出るな。アルベルト」
背後から声が不意に聞こえ、本から僅かに顔を上げてみれば
紅茶の乗ったトレイを持ったクラウスが其処に居た
何をしに来たのかを問うてやれば
「お嬢様からの差し入れだ。何を調べているかは聞かないでおいてやるが、あまり無理はするなよ」
頭脳労働は不得手だろう、と肩を揺らしながら
持っていた紅茶を近くのテーブルへとおくと、クラウスはその場を後に
一言多いのだと心中毒づきながらも紅茶を一口
ふわり花の香るローズティ
その香りに少しばかり、落着いた気がした
「……戻って、みるか」
クラウスの言葉通り、あれこれ考えるより動いた方がいい
そう考えるに至り、アルベルトは見ていた書物を閉じる
残りの紅茶を飲みほし、リヴ・フェアリーへ出掛ける旨を伝えそこを後に
「陛下、起きていらっしゃいますか?」
身支度を整え、女王の部屋を訪ねる
どうぞ、との声が聞こえ戸を開いてみれば
どうやら寝起きだったのか、女王はぼんやりとベッドの上に座っていた
「お早う、御座います。アルベルト様」
寝乱れた、寝巻
振り向き際に見せるその表情は妙に色濃く
アルベルトは深く溜息をつくと、身支度を整える様言って向ける
「何処かへ、行かれるのですか?」
「ええ。一度、あなたの国へ帰ります」
これからの予定を伝えてやれば、途端に女王の表情が曇る
どうかしたのか、片膝を付き顔を覗き込んでやれば
女王はひどく不安気な顔をしてみせる
「どうか、されましたか?」
青白い頬へと手を触れさせてやれば、その身体は小刻みに震えていた
一体何が彼女をこれ程までに怯えさせているのか
アルベルトに今、それを知る術はない
「……あの場所に戻るのは、恐い、です」
「陛下?」
「アルベルト様。やはり私はおかしいのです。あそこには、もう一人の私が居る」
女王自身、自覚はあったのだ
だがそれをどうしていいのかが分からずに一人、あの場所で堪えていた
縋るものも、頼るものもなく、たった一人で
「怖かったでしょうね。たった、一人は」
可哀想だと感じてしまう程震える小さく細い身体
ソレをやんわりと抱きしめてやり、宥める様に柔らかな口調で耳元に呟く
しかしそれでも行かなければいけない事には変わらず
アルベルトは女王の手を掬いあげると手の甲へと唇を触れさせた
「大丈夫です。今は、私がいます。貴方を、一人にはしない」
約束する、と歯が浮く様な言葉
自分自身、言っていて全身鳥肌が立つ
だがそれで女王が少しでも落ち着けば、と何度も伝えてやっていた
「あなたは、優し過ぎる。その優しさが、あの綺麗な花を育てるのですね」
「わたしを優しいなんて言うのはあなたくらいですよ」
「そ、そんな事無いです。あなたは――!」
更に言い募ろうとする女王の唇へ
アルベルトは人差し指を触れさせてやりその声を止める
「そろそろ、御支度ください。出掛けましょう」
外で待っている旨を伝え、アルベルトは一礼し部屋を辞した
あの場所に戻って一体どうしようというのか
何の得策もなく、もしかしたらこの判断は間違っているのかもしれない、と
柄にもなく顔を伏せ、考えこんでしまう
「何、してるの?」
いつの間にか座り込んでしまったアルベルトの前
ジゼルが同じ様に膝を折り、屈みこんでいた
「……また、あれこれ考えこんでる。らしくない」
「お嬢……」
「アンタは唯、思うように動けばいいの」
きっと大丈夫だから、と後押しする様な言葉

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