《MUMEI》

確かに難しく考え込むなど自分らしくはない、と
アルベルトは僅かに肩を揺らしながらジゼルの頭へと手を置いた
「ありがとな、お嬢」
一言礼を言ってやれば、ジゼルはアルベルトをまじまじと見やり
「でも、無理はしないで。前にも言ったけど、危なくなったら逃げる事」
言い終わると同時に差し出される小指
その子供らしい仕草に、アルベルトは更に笑みを浮かべながら
その小指を、取ってやった
「じゃ、私戻るから」
それで安堵したのか、ジゼルは立ち上がり身を翻す
歩いてその場を後にしたのと同時、部屋の戸が開き女王が顔を出した
支度が済んだのかと思いきや、そのなりはどうしてか全く変わってはおらず
どうかしたのかを問うてみれば
「……ごめん、なさい。あの……着替えが、なくて」
余程困って居るのか、アルベルトの方を縋る様な眼で見上げてくる
流石に寝巻姿で外に連れ出すわけにもいかず、どうしたものかと暫く考え
アルベルトは少し待つよう女王へと言って聞かせ、身を翻す
そして向かったのは、自室
自身の服を何着か引っ張り出すと、また女王の元へ
「私の服で申し訳ないのですが、取り敢えずこれを」
洗濯はしてあるので、と渡してやれば
両腕にソレを受け取った女王はアルベルトの顔を暫く眺め見
そしてすぐに可愛らしい微笑を浮かべて見せた
「ありがとうございます。お借りしますね」
何故か嬉し気にソレを抱き、また室内へ
着替える気配がし、そしてまた出てくる
やはりアルベルトのモノではサイズが大き過ぎた様で
脚元も袖も、裾が大分あまってしまっている
「やはり大きすぎましたか。申し訳ありません」
つい謝ってしまえば、女王は緩く首を横へと振って見せ
可愛らしい笑みを浮かべて見せた
その笑みに釣られるようにアルベルトも口元を緩ませ
そして、出発しようと互いに連れ立って外へ
馬舎で一頭馬を借り、ソレに乗ると走り出していた
頬に当たる風はひどく冷たく、そして強張っている様で
その違和感を女王も感じているのか、アルベルトの胸元へと顔をうずめソレに耐えている
酷く震える様は、いっそこのまま壊れてしまうのでは、と思う程にひどかった
だがどうしてやることも出来ず、抱きしめている腕を強めてやる程度しか出来ない
「……アルベルト様」
僅かに震えが収まり、女王はアルベルトの着衣を軽く引く
何かと手綱を引き、馬を止めていた
「もし、あの場所に戻って、私がおかしくなってしまったら」
途中言葉が途切れ、震える腕がアルベルトを抱きしめながら
「……私を、殺して下さい」
「――!?」
告げられたソレに、アルベルトは僅かに眼を見開く
何を言い出すのかと、女王の表情を伺ってみれば
その顔は今にも泣き出してしまいそうな程に歪んでしまっていた
口ではそう言いながらも、やはり心根では恐いのだ
その心中を察し、女王の身体を抱き返してやる
自分が助けてやる、と今此処で言い切ってやる事が出来ればどんなにかいいだろう
ソレを言う事をしてやれない自分が、歯痒くて仕方がない
「そうならない事を、願っています」
そう返してやるのが今は精一杯で
ソレは女王も思う処なのだろう、何度も頷いて見せた
ソコで漸く女王も落着きを取り戻し、また走りだす
そして到着した其処は、以前とは明らかにその様を変えていた
見える景色全てが薔薇に覆い尽くされていたのだ
「これ、は一体……」
女王もその様に驚愕している様で
アルベルトの手を借り馬を下りると、覚束ない足取りで薔薇へと近づいて行く
女王の指が触れる寸前、ざわつく感覚に瞬間苛まれ
「陛下、お下がり下さい!」
気付いて怒鳴り散らした時には既に手遅れだった
その蔓達はまるで意思を持ったかの様に蠢き
女王の全身を絡め取っていた
「な、に……?」
「お帰りなさい。クイーン」
突然のソレに驚く暇もなく、背後からト―リスの声
喉の奥で笑う様な声を上げながら現れたその姿は
みて解るほどに以前のソレとは違っていた
「ト―、リス?」
全身から蔓を生やし、最早人の体をなしてはいないその姿
一体何があったというのか
即座に、状況が理解出来るわけもなく、アルベルトは舌を打つ
そもそも頭脳労働が得意でないアルベルト

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