《MUMEI》

隣にヤマさんが座り、先輩は俺の目の前の助手席に着いた。振り向くと後ろの俺とちょうど目線が合う距離だ。

「肌のきめ細かいね?眼鏡取っていい?」

「触るなって……」

ストリートスナップの撮影中はヤマさんは物静かな方だと思っていたが、スキンシップが激しい人だった。
ヤマさんが俺の爪に触れてくるところに注意を入れる先輩の心遣いが嬉しい。
車はアパートの前に落としてくれた。

「尾行はされてないけど、今日はなるべく出歩かないこと。いつも通り学校に行って、俺はまた連絡する」

「はい」

「……親子にしか見えない」

先輩と俺の間に入るヤマさんは睨まれていた。


車のウィンドウが開いて、先輩が俺に手を振る。

「ゴタゴタしちゃうと思うけど、絶対に迎えに行くから待ってて」

「はい……、俺もメール送ります」

「絶対ね!」

絶対と念押ししながら笑ってくれる、先輩が可愛い。

「俺にもしてよ」

「黙れよ」

ヤマさんの前だと先輩っていうよりは旭さんだ、羨ましい。

「先輩!」

視線を独り占めしたくて語気を荒らげるも、先の言葉が見当たらない。

「なに!」

俺に合わせた力強い言葉遣いだ。先輩は今は綺麗な日本語だけど、部活動では崩していた。

そこも、子供っぽい無邪気さがあって大好きだ。

「あのっ、大……っ、いや、おやすみなさい」

危ない、挨拶みたいに大好きだって言ってしまいそうだった。
好きって言葉は大切にしないと、先輩と二人きりの時に使おう。


「はい、おやすみ。」

別れ際に、先輩の挨拶が他人行儀だと少し寂しくなる。

「またね」

後部席の窓からヤマさんの手がひらひら舞って、先輩を叩いて落とした。

「はい。また、会いたいです……」

また、じゃなくて……いつも先輩に会いたい。
これは俺には贅沢な悩みだ。

「わーい、約束した」

「ヤマじゃなくて、俺のことだから」

先輩の、ヤマさんへの引き攣った微笑みが眩しい。
そうか、これが嫉妬なのか……。

我が儘を言って、嫌われないようにしないと……。

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