《MUMEI》
一月●日(晴れ)
コーヒーを入れるのを失敗した。ドリップ式の粉豆が湯を注いだ途端、派手に跳ねてカップに落ちたのだ。我慢して、啜る。香りと味に違いはない。そろそろ胃が荒れるだろう。仕事が佳境で碌なものを食べていない。あれから、隣の部屋に三毛は何度か通って来ていたようだが、以前の住人が戻らないまま、別の住人に替わったようだ。どうやら、僕は厄介な物体に餌付けしてしまったらしい。仕事が一段落する度に、三毛は僕の部屋に通ってくるようになった。普段は、どこで何をしているかも知らない得体の知れない物体だ。けれども思わず、黙って部屋に上げて食事を与えてしまう。これが本能というものか。思春期の男子でもあるまいし。成人男子の欲望は何で出来ているのであろうか。女子の成分が砂糖で出来ているのではないことは知っている。鮭に、かぶりついた三毛は正に獣だ。その夜の味噌汁の具は、豆腐とワカメだった。メインデッシュはアルミホイルに生鮭、その上に千切りの人参、シイタケ、それとエリンギとシメジを載せて、塩胡椒とマーガリンで包み焼き。いつも思うことだが、ホイルを開けると汁でたっぷり満たされているのは、どういう訳か。一切水分は使ってないというのに。仕上げにレモンを上から絞る。三毛は最後の謎の出汁まで、きれいに平らげた。上手い具合に骨もなく、我ながら満足のいく食事であった。その後のうやむやまで反芻していて、腹が鳴る。牛乳を足せば、多少はましかと冷蔵庫を開けて思い出す。限りなく空っぽに近い。僕の本能は現在進行形、色々と飢えてしまっている。一両日中に、何としても仕事を終えねばなるまい。

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