《MUMEI》

早々に考える事を放棄し、今は女王を助け出す事が先決だと
剪定鋏を取って出す
「無駄、ですよ。アルベルト様」
そのアルベルトの行動を牽制するかの様にト―リスは蔓を締め付ける
強まる拘束に女王の呼吸が薄く変わり
動けばこのまま締め殺すと言わんばかりのソレに、アルベルトは動く事を止めるしかない
「……あなたは、本当に情の深い方だ」
嘲る様に歪んだ笑みを浮かべて見せるト―リス
女王へと不意に視線を向けると、指先で唇へと触れ
薄く開いた其処へ、指を差し入れる
苦しさに声にならない呻き声をあげる女王。だがすぐにソレは止み
ソコでト―リスは女王を解放した
落ちる様に倒れ込む女王の身体を反射的に受け止めてやれば直後
女王の眼が見開かれ、その手がアルベルトの首へと不意に伸びる
細いその腕からは想像できない程の力
段々と強くなる締め付けに、アルベルトの視界に霞が掛かり始める
「だがもう手遅れだ。女王は最早唯の華。貴方の声など届きはしない」
アルベルトが女王を傷つける事を躊躇するだろう事を見越しての所業
何とか保っている意識の中、状況理解そして現状打破を、と思考を巡らせ
アルベルトは女王の髪に付いていた薔薇の花弁を取っていた
何かしらの意思を読み取ることができるのではないか、と
だが何を読み取ることも出来ず、万策尽きたと半ば諦めかけた
次の瞬間
アルベルトの頬に、ポトリ水滴が一粒落ちる
ソレが女王の頬から伝い落ちるモノだと気付いたのはすぐ
言葉こそ発しなかったが、その表情は現状を痛む様なそれ
微かにその唇が、ごめんなさいを形どる
「……何、謝ってんだよ!お前は!」
アルベルトが欲しているのは、そんな言葉ではない
喉の奥に血の味を感じながら、それでも怒鳴り散らす
しかしその声は女王の耳には最早届かなくなっていた
何を映す事もしない、濁った眼
ト―リスは笑う声を上げながら、女王へと一振り剣を渡す
「さぁ、陛下。これであなたの勝ち。チェックメイトです」
アルベルトを殺せと顎を癪るト―リス
目の前には剣を振り上げる女王の姿
その切っ先を弾く程度なら、とアルベルトが剣を抜いたのと同時
女王が剣を振り降ろす
だがその切っ先が狙ったのはアルベルトではなく
「……駒なんて、要らない。私はどうせ最後には一人になってしまうのだから」
女王自身の身体だった
最初に両の脚を斬りつけ、そして両腕
血が流れ、その全身を汚してしまう
「……私が、消えてしまえばいい。そうすれば全て終わ、る」
最後に狙ったのは、心臓
ソレを、アルベルトが刃を直に素手で掴み止めていた
「死な、せて。逝かせて……」
「断る」
最早丁寧に言の葉を紡ぐ事も止め
女王から剣を奪い取ると、首筋に軽く一打
若干手荒かとも思いはしたが、致し方ない
意識を失ってくれた女王の身体を傍らへと横たえ
アルベルトはト―リスを刺す様な視線で見やった
「貴方というヒトは、何所まで私に盾突くおつもりですか?」
その様をご丁寧にも眺めていたらしいト―リス
若干の苛立ちを含ませた声をアルベルトへと向けてくる
この男の思う処は一体何なのか
ソレを理解することが出来れば、と
アルベルトは素早く土を蹴りつけ、ト―リスの懐へと入り込み
咲く花を、鷲掴んだ
女王に対する敬愛、恋情、そして憎悪
様々な感情が複雑に混じり合う
「……あと少しで、私の望む女王が出来たというのに、あなたは……!」
「だから何だ?そうすりゃ国の一つでも支配できるとでも思ったか?」
馬鹿馬鹿しい、と吐き捨ててやればト―リスは嘲笑に鼻を鳴らし
「……こんな歪んだ国、支配するくらいならいっそ壊しますよ」
更に歪んだ笑みを浮かべて見せた
「彼女には血の様に鮮やかな紅がよく似合う。私は彼女をその色で染め上げたいんですよ」
「……心底どうでもいい趣味だな」
向けられた嘲笑に嘲笑で返してやれば
瞬間、ト―リスの表情からソレが失せて行く
「……彼女は、私が育てた花の中で最高の出来だった。それなのに――」
話す最中に怒りを顕わにすれば、辺りの空気が俄かに歪み始める
「ヒトは無暗に花を手折ろうとする。だから、私は」
視線が僅かに動き、見据えたその先に居たのは女王
その口元が歪に弧を描いた、次の瞬間

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