《MUMEI》

豊田はどうしたのか、その手首を掴んで引きとめてしまっていた
「……手、離して下さい」
相手の訴えに何を返す訳でもなく豊田は掴んだ手を引き寄せる
有無を言わさず腕に抱いてやれば逃がさない様しっかりと抱え込んでいた
「……何か、兄貴ってば厄介事に首突っ込んでたりする訳?」
現状を厄介事と判断したらしく、七緒はあからさまに嫌そうな顔
そしてわざとらしい溜息を付いて見せながら
「……私帰る。今日、泊めてもらおうかと思ったけど、やめとくわ」
自分まで面倒事に巻き込まれたくはないから、と
七緒は手を振りながらその場を後に
結局後に残ったのは、豊田と、相手
横眼で相手を見やってみれば、無表情な視線と眼が合った
「ご飯の残り、食べていいですか?」
「は?」
行き成り何を言い出すのかと思えば
先の出来事などまるで意に介していない様子で
その自由奔放振りに、豊田は深い溜息をつきながらも勝手にしろと言って返す
「はい。勝手にします」
遠慮というモノがまるでなく、改めて食事を始める相手
帰るつもりでは無かったのかを指摘してやれば
「あのヒトがあのまま居れば、帰ってました。ヒト、あんまり好きじゃないんで」
一旦食事する手を止めそしてまた食事にと動かし始めた
「……よく食うな。お前」
つい感心してしまい、まじまじと眺めてしまえば
その顔立ちは随分と整っていると今更に気付いた
女性の様だとまでは言わないが、中性的な顔立ち
その中途半端さがむしろ、女性より危なげな色香を漂わしている
「食べないんですか?」
つい見入ってしまえば小首を傾げられ
豊田はため息をつくと、何を返すことなくそのまま食べ始める
結局それ以上、会話らしい会話もないまま食事も終わった
片づけを始める相手
意外にも家事はやりなれているのか、その手際の良さにまた見入ってしまう
「僕のこと、見てて楽しいですか?」
「別に」
「ならそんなに見ないでください」
恥ずかしいと珍しく照れるような表情変化を見せる相手
こんな表情もできるのかと少しばかり意外だった
「……一つ、聞いていいか?」
「何ですか?」
食器を片しながら返事をしてくる相手へ
豊田は態々立ち上がると、テレビの上に置いていたとあるものを取り
それを、渡していた
「そのクマ……」
持っていたのかと相手は意外そうな顔
それに触れようと伸ばされた手
渡してやれば相手は表情を綻ばせ、それを腕に抱く
「それ、一体、なんなんだ?」
いきなり、真を突く問い掛け
そんな事を問われるなど予想もしていなかったのか、相手は僅かに驚いた様子で
だがすぐ表情を無くしてしまうと
「それを聞いて、どうするんですか?」
逆に聞き返された
確かにそれを問うてどうなるというのか
豊田自身どうするつもりもないのだが、なぜか問わずにはいられなかったらしい
「……じゃ、僕消えます」
「はぁ!?」
唐突な、そして脈絡のない呟き
どういう意味かを問うてやるより先に相手は身を翻すと外へ
「ちょっ……。お前、どこに――!?」
豊田の呼ぶ声に振り返ることもなく
「……僕のこと、見つけられたら、話します」
そうして欲しいのだと言外に含ませながら、相手は薄闇の中へとその姿を紛れさせていった
咄嗟の事に追いかける事を忘れていた
そもそも追いかけてやる必要もないのかもしれないと思いながらも
豊田は律儀にも追いかける事を始める
「あれ?兄貴。どしたの?さっきの人は?」
家を出るなり、まだいたのか妹とまた出くわした
あわてている豊田の様に小首を傾げてくる妹
どうしたのかを改めて問われ
だがどう返していいかが分からず言葉を詰まらせてしまう
「あ、そだ。さっきの人、なんかあっちの方に走って行ってたけど」
何かあったのでは、と勘繰ってくる妹へ
だが詳しく話す事はせず、一言妹へと礼を言って向けるとその方向へ 
向かってみればそこは小さな公園
相手は揺れるブランコに腰をおろし、ぼんやりと空を眺めていた
「……見つけて、やったぞ」
これで満足かと返してやれば、相手はゆるり振り返ってくる
その腕には数体のテディベア
それは以前相手が持っていたもので

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