《MUMEI》
from You……
たった数十分前の俺と楔の話。
大幅に遅れた時間を取り戻すためと、楔との会話の熱が冷めないため、俺は全力で疾走していた。
道中、うわああああ!と叫んだりした。
通り過ぎていく人には怪訝な顔をされていたけど、気にしない。
とりあえず、俺と楔の物語には、決着がついた。
もう後に引き返す事は、出来ない。


『それでも、俺は楔とは付き合えない』


それを告げてから、数秒間の空白があった。
『え?』
引き離された楔の目は見開いていた。
『俺はお前に嘘を憑けない。たとえお前を傷付けることになっても……。好きでも、お前とは付き合えない』
『どうして!?』
楔は声を荒げる。当然だ。好きなのに、付き合えない。意味がわからない。
赤くなった楔の顔は、怒りの色だった。
『あと一日早かったら……答えは変わっていたかもしれない。けど、俺は決めたんだ』
『何を!?』
今にも噛みつかれそうな勢いだった。けど、萎縮して何も言えないんじゃ、話にならない。
『守ろうって、決めた人がいるんだ。まだ会った事もないけど……けど!俺はその人が、好きなんだ』
『な……っ』
楔は絶句する。唖然する。
『お前の事よりも、好きなんだ』
それが俺の、本当の本音。
楔の事は好きだ。けど、Miwaの方が、好きだった。それだけの理屈だった。
『じゃあもしかして、こんな朝に出掛けるって事は』
『その人に、会いに行くところなんだ』
楔は苦笑した。
『ごめん、楔』
楔は表情を歪ませ、涙を流した。
『傑作ね。告白されて、フられるなんて………初めてよ』
『俺だって告白するのも、フるのも、初めてだよ』
沈黙する。
楔が俯きながら涙を拭う。それを直視できず、顔を伏せる。
『悠』
名前を呼ばれ、顔を上げた。
その瞬間、左頬に鋭い痛みが走った。
『ほんとはもっとぶん殴られても、おかしくないんだよ?』
昔は平手ではなく、グーだった。配慮したのか、女性的に成長したのか。
『でも、ほんとの事を話してくれたから。このまま私に本音を隠してまで付き合っても、きっとお互い幸せにはならなかったからね』
お互いが幸せに。それは当たり前の事でも、すごく難しい。
『約束、しよっか』
ニコリと微笑んだ。
『悠。明日から学校に来なさい。引きこもりを辞めなさい。それと私に会っても、いつも通りね』
まるで母親のように、諭すように、言う楔。
『わかった?』
首を傾げる仕草に俺は不覚にも目を奪われた。
『約束、するよ』

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